身長148センチ、体重が35キロ
そんな小さな体の息遣いを私はじっと見ていた。
その利用者さんは今、ある病気が進行してほとんど
寝たきりになってしまった。
軽い足取りで歩いていたのが
今はベッドで上半身を上げることさえも大変な状況だ。
そんななか、食事の時は車いすに移っていただかなくてはならない。
身体が固まってしまうし、寝たきりだと床ずれの心配があるからだ。
医者の判断でもある。
「○さーん、お食事だから、ちょっと動きます。ごめんね。」
そう声をかけて、二人がかりでそーっとそーっと
車いすに移乗していただく。
「いたたた!いたいよ!いたいよ!くるしい!!
やめて!いたいよ!あああああああ・・」
悲痛な声が響く。
「いたいね、いたいね、ごめんね、ごめんね。」
やりきれない。
心臓に疾患があるため、痛みどめも服用できない。
この方は、この痛みを全身で受け止め、苦痛な表情と悲しい声を上げる。
「やめてええええ!」
それでも、そうしなければならない時がある。
車いすに座る姿勢だと痛みも苦しみもないらしく、
苦痛な表情から徐々に穏やかな表情になる。
こちらも、ほっとする。
穏やかに、呼吸をしている。
しばらくして、目を開き、
「そこにいるのは、かずえちゃん?よしえちゃん?はるきちゃん?」
そう言いながら私の顔を見る。
「ああ、かずえちゃんか、よく来たね。ご飯食べなよ。」
「ありがとう。」私がそういうと、少し笑う。
「遠慮するんじゃないよ。」お母さんの顔だ。
この方は、かなり進んだ認知症のため、入院できないでいる。
点滴をしても、自分で抜いてしまう。夜中に大声をだし、
わけのわからないことを一人話しながら服を脱ぎ
食事は薬も激しく拒否する。
向精神薬も心臓疾患があるため投与できない。
「入院はできません。」はっきりと言われた。
病院は認知症の方のケアはできない、ということだ。
ゆっくりと食事をスプーンで口へ運ぶ。
「○さん、カボチャだよ。軟らかく煮たんだけど、味はどうです?」
「うん・・美味しいね。」
ゆっくりと、食事が終わるまで一時間かかる。
でも、一時間かければこの方は全部食べる。
「かずえちゃんも食べなよ。」
私は、今日はかずえちゃんらしい。「うん、後でいただくわ。」
「おかあさんの分まで、かずえちゃんは長生きしないと、ね。」
「うん。かぼちゃ、食べて。」
ああ、そうか・・・。
その時、私は突然に思い出した。
去年の秋のことだ。この方の次女さんが突然に面会に来た。
九州に住んでいるという話で、ずいぶん遠くから突然に
きたんだなーと感心していると。
「姪っ子の一周忌だったので。」という。
姪・・つまり。
この利用者さんの長女さんの娘さん(つまり孫)が亡くなって
一周忌を迎えたとのことだった。
長女さんは15年前に亡くなっていた。
一周忌を迎えたお孫さんの名前が・・かずえだった。
この利用者さんは、かずえちゃんが亡くなったことを
知らなかった。
そうだった。
この施設に入ってから後のことだったから。
精神を病んで、自殺だったそうだ。
灯油をかぶり、自分に火をつけた、と聞いた。
「身体が動くうちは働くんだよ。
人の悪口は言わないで、挨拶はきちんとして。
そうすれば・・・うまくいくから・・」
夕飯を食べ終わって、落ち着いたころ
○さんは、疲れたのか、目を半分閉じながら私に言った。
「ご飯はちゃんと食べるんだよ。遠慮しないで・・。
お母さんの分も長生きするんだよ・・かずえちゃん・・」
「わかったよ。心配しないで・・。」
切なくて。
哀しくて。
下唇をぐっと噛んだ。
*かずえちゃん、というのは、もちろん、仮名です
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