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自然に任せて・・・

2013.11.27 22:00|仕事
Bさんという利用者さんがいる。95歳、女性で。
非常に温和な方だ。
いつもニコニコしてほほほほ~と笑っている。
耳が遠く認知力も低下しているので
多分、こちらが何を言っているのか
ほとんど理解していないであろう状態なのに
静かに座って、呼びかけにほほほほ~と答えている
「癒し系」のゆったりとした方。
この方と話をするのはトンチンカンな受け答えでもとても楽しい。
うちの施設のアイドルだ。

この方が発作を起こした。
突然に意識が不明になることがあった。
周囲はとても驚いたが
ご本人は1時間後に目をさまし、何事もなかったように
ご飯を食べニコニコほほほほ~と笑っていた。
この事態をとても重く見たRさん(私の上司、主任生活相談員)
はBさんのご家族を説得し
Bさんを高名な先生がいる病院に連れて行った。
(ご家族は、「もう、歳だから~自然に~」と言うのを
Rさんは「Bさんのためです、一度精密検査を!」と言い張った)
そして、その病院から「原因不明の発作です。」と言われ
薬が出された・・・ある、有名な、向精神薬を。

そして、その薬を飲みだした・・
飲みだしてから、Bさんに異常が出始めた!

とにかく一日中寝ている。
ご自分からご飯も食べない。
お茶も飲まない。
こちらが無理矢理に起して、なんとかかんとか
起きている状態にしてご飯を無理に食べさせているが
それも限界。
ご本人はぐったりと、力なく寝ている。

”ご飯も食べられないんじゃ!あの薬、やめた方が・・”
私は、単純にそう思い、ほかの職員にも聞いた。
Bさん、寝てばかりで、ご飯も食べなくて・・異常だよね?
皆口々に言った。
そうだよね・・声かけても反応がほとんどないし、いつも寝ているし。

そこで、私はおたんこなーすを呼び出した。
「ねぇ?看護師判断で、あの薬、中止にできないの?」
「中止にしたいよ。Bさんのあの状態見ると。でも・・」
「でも、何?」
「だって、Rさんが、あの薬を飲ませろって・・」
おたんこなーすは下を向く。

Rさんは、熱血タイプである。
Bさんのためにわざわざ高名な先生がいる遠い病院に行き
そして、薬を処方してもらった。
”この薬の効果を見るために一か月は続けてほしい”
その先生の言葉を信じ、職員みんなに
「絶対にこの薬を飲ませるのを忘れないでよ!」と
何度も何度も強い口調で言っていた。
「すごくいい先生が言ったのだから、絶対に忘れないで!」
Rさんは家庭の事情で少し休んでいた。

「でも、Bさんの状況を見ればわかるでしょ?ご飯も水分もとらずに
寝てばかりいる。それも、爆睡。おかしいよ。」
私はイライラして言った。
「そうだけど・・Rさんに怒られるし・・」
おたんこなーすは口ごもる。
「別に・・食事とれなきゃ、エンシュア(液体栄養剤)を
口に突っ込んで飲ませれば飲むんじゃない・・?
Rさんに怒られるのやだもの。」そう言う。

あのな!!
意識がはっきりしない、ぼーっとした人に
液体栄養剤を無理矢理口に突っ込んで
無理矢理飲ませるのが安全だと思うのか!!??

だいたい、それって、「食事」なのか?!
Bさんはな、ハンバーグとチキンライスが大好きな
普通の人なんだよ!
その楽しみまで奪って口に栄養剤突っ込むって?

あなたがそれをやられても満足するの?

・・・という言葉を飲み込んで、おたんこなーすと話す。
「せめてさ、病院に電話して、この状態を伝えて
薬を続けるべきかどうかを相談できない??」
「だって、Rさんが怒るよ。せっかく高名でめったに診てくれない先生が
診てくれて処方してくれたんでしょ。そう、Rさんが
自慢してたじゃない。それなのに、私が病院に電話して
”あの薬合わないみたいですけど”って言うの?
えー・・・・・。」

・・・高名な先生だとかRさんの自慢とか
そんなことより、目の前で食事もとれないでいる
Bさんの様態のほうが大事だと、私は思うのだけど!

と言うわけで、最後の手段に出た。
社長に直に現状を話し、Bさんのご家族にBさんの様態を
社長からすべて報告してもらい、Bさん家族の判断を仰ぐ。

Bさんのご家族からの電話内容はこうだった。
「もう90歳を超えていること。これ以上無理強いさせたくない。
だんだんと食欲が落ちるならともかく、
飲みなれてない薬のせいで大好きな食事がとれなくなるのは
本人にはとても辛いことと思う。
だから、病院に相談して薬の中止を願いたい・・・。」

Rさんが休みの間、
おたんこなーすが病院に電話をし、薬の中止の指示を頂いた。
「本当は一か月続けてほしかったのですが、
仕方ないですね、ひどく寝ているのなら、中止してください。」
とのとても良識的な話だった。

休み明けでこのことを知ったRさんは納得しない。
納得できないでいる。
「じゃ、Bさんの発作の原因はなんだったのよ!」
そうすごい剣幕でおたんこなーすに詰め寄った。
「次に発作が起きたら、どうするのよ!別の病院に行くわよ!
私が家族だったら、そうするわ!」

でも、Rさんは家族じゃない。

私がBさんの家族だったら・・?
90歳すぎた温和なおばあさんを
病気がはっきりするまで次々受診させて、
いろいろな薬を飲ませるか。
時にでてしまう薬の副作用も仕方ないと思いながら。

それとも、”年をとればいろいろあるさ”と自然に任せて、
口からご飯が食べられなくなったら病院に行くか。

それぞれであると思うけど・・・・。
どちらも、このおばあさんのことを
大切に思っているからなのであって・・・
自然に任せているから
放置しているわけではないと、私は思う。
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ターミナル20~終着~

2013.11.24 21:32|仕事
このSさんのケアで
私が「学んだこと」などないような気がする。

介護技術や看護学上のことはいくつかある。
脈が薄い場合はソケイ部でとる、とか
必ずしも下顎呼吸になるとは限らない、とか
ケアのよりよい仕方とか
そういったことは、いくつか勉強になったことは
確かにあるけれど。

だからと言って、次回、同じようなことがあった場合に
私が冷静でいられるか、というのは
甚だ疑問だ。
人の死って、「前回経験したから慣れている」っていうものではない。

私は、Sさんのターミナルケアを経験した、
ただ、それだけ。
経験をした、それだけ。

「人の死」というのは
ドラマチックに乗り越えるものでもなくて
そこには喪失感があって
その喪失感に体と心が時間をかけて
なじんでいくような
そんな経験なのだと実感している。

よく、表現はできないのだけど。

多分、介護士であるという立場だから
なのかもしれないけど
激しい悲しみやら後悔やら
そういったものより

身体全体で、頭の芯のところで
どうしようもない喪失感を感じている。

そして、時間をかけて
この喪失感を体に、心に、なじませていく。
そんな気がする。



あと、ちょっとご質問があったので以下、
捕捉させていただく。

私の職場は「サービス付き高齢者専用賃貸住宅」
というもので、介護保険施設ではない。
つまり、Sさんは「賃貸住宅」に住んでいる方で
そこの「訪問介護」という形式でケアをしていた。
ケアマネさんとも家族さんとも話し合いをし
この日の訪問介護を増やすことを了承して
このようなケアを行った。
私や事業所の独断でケアを行ったわけではない。


Sさんは「延命治療の拒否」をしていたが
「全く食事がとれなくなった」か
「全く尿が出なくなった」場合は
即入院するという取り決めがあった。
つまり、危篤状態になる前に入院して
しかるべきケアとバイタル管理を病院にしてもらう
はずであった・・・・

Sさんは、危篤になる直前まで口から栄養を取り尿も出ていた。
全く突然の危篤状態、全く突然の
誰も予想しなかったターミナルケアであった。
(ちなみに前回私が経験したターミナルケアも同じ状況)




今はただ
Sさんにお疲れ様でしたと言いたい。

あの、激しい痛みの中
へたくそなケアに耐えていただいて
ごめんなさいと言いたい。


ありがとうございました。


合掌。


ターミナル19~終着~

2013.11.22 20:15|仕事
「息子さんに連絡します」
Rさんはパタパタとドアを開けて出て行った。
「こっちは医者に連絡だな。」
社長もドアを開けて出て行った。
「私も準備を・・」
おたんこなーすが立ち上がった。

私はただ立っていた。

「miraさん!」社長の奥さんが大きな声で言った。
「miraさん!帰る時間よ!7時半よ!」
「あ」
「7時半よ、帰って夕飯作るんでしょう?子供さんが
待っているんでしょ。ほら、帰る時間よ!」

あ・・・そうか。
そんな時間。

私は早く帰らなくちゃいけないんだ。

「早く帰りなさいよ。ほら、ひどい顔して!」
「あ」
「いいから、ほら!後のことは私たちと夜勤でやるから!
ほら!遅くなっちゃうわよ!」
「はい。」
私は横たわっているSさんに言った。「お疲れ様でした。」
そしてゆっくりと頭を下げた。
社長の奥さん、おたんこなーす、私はその部屋を出た。

私は一階事務室に戻り、自分の荷物をとった。
社長とRさんが電話をせわしなくしているのが聞こえた。
「お先に失礼します。」
そう頭を下げると、社長もRさんも電話しながら私に頭を下げた。

自分の車に乗り込み、いつものように出発する。

何も考えなかった。
何の感情も浮かんでこなかった。


Sさんともう会えない悲しみとか
Sさんをきれいな状態で旅立たせることができた満足感とか

・・・いつも利用者さんも見送るときに湧き上がる
”私はあの方に精いっぱいのケアしたのだろうか?
もっともっとできることがあったのではないだろうか?”
という後悔に似た感情もなかった。

あの部屋の静寂のように
無の状態だった。
ただ、運転していた。


何度目かの赤信号で停車しているときに
自分の胸にたまっていた空気がふうっと出てきた。

「逝っちゃったんだな、Sさん」

自分の独り言に少し驚いた。


私は家に帰って、普通に夕飯を作り
(ホッケの塩焼きに野菜炒めに鶏肉とマカロニのトマト煮)
普通にテレビドラマを見て
普通に布団に横になった。

何も変わらない、いつもの、夜。

そして、いつものように眠った。
ただ、いつもより疲れていた。


ターミナル18~終着~

2013.11.21 20:42|仕事
一度事務所にもどり、残りの事務仕事をやっつける。
今、Sさんの部屋にはSさんしかいない。
それが気がかりで気がかりで仕方なかった。
娘さん、息子さんは外出からなかなか戻ってこなかった。

しばらくして、おたんこなーすが6時の計測に行った。
「どうだった?」と戻ってきたおたんこなーすに聞く。
「BPが40。Pも35。呼吸数は15回。」
「下顎呼吸は?」
「ないね~。もしかしたら、ないまま逝っちゃうかも。」
そんなことがあるんだ・・・と驚いていると、
「眠るように、穏やかな呼吸のまま逝っちゃう人も
たまにいるんだよ。Sさんもそうかもしれない。」

そうだとしたら。
苦しそうな表情を見ずに済むなら。
そうであってほしい、とわがままにも思う。

「ケアは?」一応聞いてみる。
「大丈夫。Sさんはきれいだよ。」おたんこなーすは笑った。
「そう。」
本当に私のやることはなくなった。
私がSさんにできることは、なくなった。

事務の仕事が一段落したころ、私は時計を見た。
息子さんと娘さんはまだ帰ってきていなかった。
夕食でも食べているのかもしれない。
時計は7時を回っていた。
「やっぱり気がかりだから、Sさんの様子を見てくるね。」
「さっき計測したばかりだよ。それでも行くの?」
おたんこなーすが言う。
「うん、だって、気になって。わたしもう帰るから。
最後にね、挨拶したいし、ね、Sさんに。」
私はそう言って無理に笑った。
「そっか・・・うん。」
おたんこなーすも無理に笑った。
多分、明日はもう・・・
Sさんには、「明日」がない、はずだ・・・。


誰もいない、真っ暗なSさんの部屋に明かりをつける。
Sさんは変わらず横たわり呼吸をしていた。
体温計をSさんのわきに挟み、計測する3分間
私は一人、その呼吸音を聞いていた。
徐呼吸・・・呼吸数が15とかいってたな・・・。
昼間は30超えてたのに、半分、それ以下になってる。
でもとても、穏やかだ。
下顎呼吸はない。

電子音がなって体温計を見る。35.5・・・変化なし。
脈をとる。ソケイ部を触る。
温かい、でも、脈がものすごく薄い。捉えきれない。
切れ切れな・・・。
30・・ぐらいか・・

呼吸数をカウントする。
いつもようにSさんの口元に耳を寄せた。
いち・・・・・に・・・・・・さん・・・
「一分間に10回。」
そういう私の独り言が思ったより大きく響いた。

この記録をしよう。これが私のSさんの最後の仕事か。

その時、ふう~・・・という大きなため息が聞こえた。
Sさん?
もう一回呼吸数を数えてみようか・・・
大きな息をするようになってる。
呼吸数ももっと減っているのかも。

もう一度Sさんの口元に耳を寄せ
腕時計を手元に置き、カウントを始める。
ふうううう~という大きな息。

い・・・・・ち・・・・・・・・・に・・・・・・・・

私はしばらく自分の耳に全神経を集中した。

けれど
三回目の呼吸音がこなかった。


静かな無が降りてきた。


その時突然
私の右肩が突然ずしりと重くなった。

え?


私はおそるおそるナースコールを押した。


静かな無の空間だった。

私は、ゆっくりと自分の右肩を触った。
もう重さはなかった。


とんとん、とおたんこなーすが入ってきた。
「呼吸と脈の確認をお願いします。」
「わかった。」
おたんこなーすはSさんの全身を確認した。

静かだった。
きょう一日この部屋に響いていた
Sさんの呼吸の音はなかった。


おたんこなーすはゆっくりと私の顔を見、腕時計を見た。
「19時30分。」
無表情にそれだけ言った。



静かだった。

全く異質な静けさだった。



しばらくして、社長と社長の奥さんとRさんがやってきた。
「19時30分です」
私はそれだけ言った。


その場にいた全員で
何も言わずに手を合わせた。


真空のような静かさだった。

ターミナル17

2013.11.20 20:39|仕事
そして次の計測の時、全身チェックをし
ケアの必要性がないことが確認された。

はぁ・・。と大きなため息をつくと
Tナースは「miraさん、よくやったよー!」と
肩をたたいてほめてくれた。
多分、もう、ケアの山場は超えた。
あとは、計測と、全身確認と、記録だけだ。
時計を見る。16時半・・・長かった。
体力的にも疲労がたまっていた。

部屋は一面夕日色だった。
娘さんと息子さんは休憩室に行っていた。
私とSさんの二人きりになった。

ケアが終わったから、清拭をしようと思っていて
それがようやくかなった。
蒸しタオルを何本か用意して、
Sさんの身体をゆっくりと拭く。
グローブのようにぱんぱんにむくみ上がった右手は
うそのように、元の痩せたSさんの手になっていた。
そっとその手を取り拭いていく。

手の指先が冷たい。こちらの体温を奪うような冷たさ。
そして、白い。血の気の色がしない。
ろうそくのような色。

「ここ、痛かったんですよね。そっとやります。」
脇の下、お腹・・・どこも昨日まで痛みが激しくて
触ることすらできなかったところだ。
そこをそっと拭いていく。

そして、足。
靴のサイズが5Lにまでなったほど、ぱんぱんに
むくみきった足の甲は、今は、元のMサイズの足になっていた。
「そっと拭きますね。痛かったら言ってくださいね。」
いつものような声をかける。

冷たい。絶望的な冷たさ。
そして、血の気のない色。本当にろうそくのようだ。

「Sさん、これじゃ、寒いね。温かくするね。」
温かい蒸しタオルをあてる。
足の指、足の甲・・とゆっくりと拭いていく。
そして、Sさんがよく来ていた服に着替えた。

「お疲れ様でした。Sさん、痛みで大変だったでしょう。
本当にお疲れ様でした。」
私は頭を下げた。

これで、もう、私のやることはほとんどない。
Tナースがやってきて「私の最後の計測するねー」
と大きな声で言った「私、今日、17時上がりだから。」
「了解です~」
そして、いつものように呼吸数をカウントする
いち・・に・・さん・・・
「一分間に20。」
「BPは、上50、下計測不能。KTは35.7。
Pは・・40・・SPO2は・・もう、捉えられない。」

着実に、落ちている。
でも、下顎呼吸はまだない。
ということは、まだもつということか・・?

ナースと私は休憩室にいる息子さんと娘さんに
計測結果を告げた。
数値が下降していることを。
娘さんは「そうですか。」と私たちを見た。
「一度、ここを出て、外で休憩してきます。
それまで父はもちますかね?」
「何とも言えないですが・・」ナースは言った。
「じゃ、ちょっと、外出します。」
その二人はさっさと荷物を持って施設を出て行った。
いろいろな打ち合わせがあるのだろう、と推測した。

「とりあえず、私は帰るね。」Tナースは言った。
「miraちゃん、頑張ったよ!きょうはゆっくり休んでよ!」
Tナースは私の肩をぽんぽんとたたいた。
「うん、そうします。いろいろありがとうございました。」

あとは、何時何分か、という問題だけになっていた。
多分、もう、計測もできないだろう。
BPが40じゃ・・・SPO2が捉えられないなら
夜勤は水銀血圧計を使える人がいないから・・・
計測できるのも呼吸数とKTぐらいだ。
いつ、呼吸停止が確認されるか、の問題だ。

私がいる限りは、Sさんの呼吸を確認しようと思った。

ターミナル16

2013.11.19 19:59|仕事
ケアの最中にとんとん、とノック音がした。
「あの・・」と娘さんが顔を出した。
「すいませんが、今、ケアをしているので
少し、廊下でお待ちいただけませんか?」そういうと
娘さんは「すいません・・」ドアをゆっくりと閉めた。
「きれいな人だね。」ナースが言う。「女優さんみたい。」
葬儀屋との打ち合わせは終わったんだな。
本当に手際がいい。

ケアが終わり、娘さんと息子さんに声をかける。
私はSさんのクローゼットの中の布団の整理をしていた。
その私に娘さんが声をかけてきた。
「父は・・ここで、穏やかだったでしょうか?」
「Sさんは・・」先ほどと同じ話をする。
毎回職員に感謝していたこと、
だから、Sさんを悪く思う職員はいないということ。
最初は厳しかったけど、この頃は痛みに耐えて
こちらを気遣うことを言っていたこと・・・
「それは本当のおやじじゃないんだ、みんな知らないだけで!」
息子さんはまた同じことを言っていた。
それを制するように娘さんは聞いてきた。
「近頃はどんなことを言ってましたか・・?」
「そうですね・・・夜勤に聞くと、夜中にコールが2、3回
必ずあって、息子さんに会いたいとか、
息子さんに連絡取ってくれとか、痛みで眠れないとか、
怖いから真っ暗にしないでくれとか・・。
息子さんに会いたい、っていうご要望は頻繁にあったそうです。」
夜勤からの申し送りの時に毎回のようにこの話はあった。
息子さんに会って、何の話をするつもりだったのだろう・・。
それを聞いても、答えなかったそうだ。

その話をすると、息子さんは、黙ってしまった。
何をどう考えているのかはわからない。
複雑な気持ちなんだろう。

「父はあと、どれぐらい・・?」
娘さんは、おそるおそる聞いてきた。
「わかりません。でも、血圧も脈も今は安定しています。
急変しなければ、まだ、この状態が続くかと。
では、私たちは退室しますので、なにかあったらコールを・・。」
「わかりました。」

家族のごたごたした感情に巻き込まれたくはなかった。
私はSさんのケアをしていればいいのだ。
そのケアももう終盤だった。
多分、もうすぐ、終わるな。
そして、計測のみになる。
私がSさんにできることは、なくなる。

ふつう、”介護上のケア”というのは
”自立支援”が根底にある。
その方が自分で意欲を持って動けるようにお手伝いする
というのが「自立支援のケア」で
これが介護の基本中の基本だ。
でも、ターミナルケアは方向性が全然違う。
「旅立ちの準備」とでも言おうか。
それが・・その未来のなさが・・・
どうしても、切ない。

廊下には、もう、傾いた日の光が差し込んでいた。
もうすぐ、夕日色一色になる。

そっか、もう、Sさんはどら焼きを食べないんだな。
ふと、急にあの時のSさんの姿が浮かび上がってきた。
「気持ちが似ています。」
息子さんにそれを言いたかったのかな。
わからないけど・・・。

もう、どら焼きを食べない
そんなところに行っちゃったんだな・・・。

ターミナル15

2013.11.18 19:16|仕事
ケアが終わって廊下を見ても、
息子さんも娘さんもいなかった。
まだいろいろ打ち合わせしているんだな、と思っていると
同僚のKちゃんが、にやにやしながら近づいてきた。
「ねぇねぇ~miraちゃん、Sさん、もう、あれなの?」
「え?いま、安定してるよ。」
「だって、葬儀屋来てるよ。利用者さんたちに見えないように
カーテンしめて対応してるけどさ。」
「ええ!!ここに葬儀屋さん、来てるの??」
「うん、なんとかセレモニーとかいう車が来ちゃってさ、
葬儀屋ですけど、そろそろ運びだしますかって。」
「はぁ??なんじゃそれ??」
「今ね、社長とご家族とRさんが対応してるよ。」

なんだ、それ。
ご家族は、葬儀屋さんになんて電話したんだろう??
もう死にそうです、もう来てくださいとか言ったのか。
はぁ。
それにしても。
娘さんも・・・・。
ここにきて、Sさんの顔も見ずに葬儀屋さんと話しているのか・・。
あの、女優みたいな、きれいな人。
せっかく”いろいろあったけど、それを忘れて、
最後は丸くなった父を見守るいい娘”
みたいな姿を演じていたのに。

さっさと終わらせたいのか。
それとも混乱しているのか。
別に”感動的に面会しろ”とは言わないけど、
遠くから来ているのなら
とにかくSさんに面会するのが先じゃないのか。
まぁ、確かに、亡くなってからどうするかは
決めておかなくちゃいけないけど。
”そろそろ運び出しますか”って??
ずいぶん手際がいいことだ。
あきれて、笑いそうになる。

「Sさんに会っていく?」私はKちゃんに聞いた。
Kちゃんはドアの小窓から部屋を覗き、「いいや。」という。
「息してるだけなんでしょ?じゃ、いいや。」
「え?」私はKちゃんの顔を見た。
「Kちゃんだって、Sさんのケアしてきたじゃん。
なんか、言葉をかけてあげてよ。」
「いや、いいや。私、午後のレクの係りだから。用意しなくちゃ。
じゃ、頑張ってね~」
Kちゃんはひらひらと手を振ると行ってしまった。

私はドアを開けてSさんの部屋に入った。
Sさんのそばにより、呼吸の音を聞く。
”息してるだけなんでしょ”
その通りだ。
何の反応もない・・「荒い呼吸をしている肉体」だ。
人は何の反応もなかったら、
生きていないも同然・・なのだろう。

でも、たぶん、Sさんは今、すべてを聞いている。
耳は最期の最期まで生きているはずだからだ。
「Sさん、ちょっと、歯磨きさせてもらいますね。」
私はガーゼを濡らし、Sさんの歯を拭き始めた。
はぁ、はぁ、はぁ、という息が私にかかってくる。

Sさんは、生きている。
呼吸を感じながらそういう思いが込み上げてくる。
生の最期まで、きちんとケアさせてもらおう。
できるだけのケアを。

ドアがとんとん、ガラガラとあき、Tナースが顔を出した。
「miraさん、何してるの?」
「口腔ケアを・・。」
「miraさんは、まめだねー。口腔ケア?ターミナルの人に?」
苦笑いしている。
「うん、まぁ。」
「計測始めるよ。記録お願い。」
「はい。」
「BP上52、下計測不能、KT35.8
SPO2・・・エラー4回・・で・・94?かな。
呼吸数お願い。Pは・・・心音薄い、えっと、頸動脈でも厳しいな。
ソケイ部で計測・・・60だね。」
腕時計を置き、Sさんのそばに耳をよせ、カウントする。
いち・・に・・・さん・・
「一分間に25。下顎呼吸なし、チェーンストークなし・・。」
「安定してるね。」ナースは私を見た。
「うん、どのぐらい続くんだろう?」
「わからないなー人によるからなー。明日まで続くかもしれないし。
急変するかもしれないし。」

娘さん・・どうして、ここに来ないんだろう・・。
「ケアを始めますね。」
「はいよ。」

ターミナル14

2013.11.17 19:11|仕事
私は一度事務所に戻った。
実はこのとき月初の忙しい時期で、
急ぎの事務の仕事もあった。

事務職をしていると、おたんこなーすが来た。
「Sさんのケア、ちょっと交代するよ。
miraちゃん、他の仕事もあるでしょ。
先に休憩とりなよ。お昼も食べちゃいな。」
「いい?大丈夫??じゃ、そうさせてもらうわ。」
お茶を飲み、社長の奥さん差し入れのおにぎりをいただく。
前回は・・・こんな余裕なかったのだから、
私も図太くなったものだ。

前回のターミナルケアの時
非常にわたしにとってきつかったのは
何度も何度も何度もケアをしなければならない状況と
その時の「臭い」と「冷たさ」だった。
それは、”絶望的な”ものだった。
寝たきりの方のケアの延長だと思っていた私には
それは非常に辛いものだった。
少し、直接的なことを言わせてもらえば・・。
職業柄、排せつ物の臭いには慣れている。慣れきっている。
でも、ターミナルケアと褥瘡のケアに関しては
その臭いには絶対に慣れることはないだろうと思う。
本能や身体全体が全面拒否するものだ。
これは、他のベテランさんにも聞いた時も同じ答えだった。
あれだけは、辛い、慣れない、と。
本当は、だから、
他の経験のない介護士にもやってもらいたかった。
でも・・「怖い」か・・・。

しかし。
それを引きずったりしないで、
私は今、こうやっておにぎりを食べている。
食べて体力つけないと、まだ、ケアが待ってる。
そんなことを考えているのだから
ナイロンザイルの神経のおばさんだ。
成長なんだか、退化なんだか。

おたんこなーすが戻ってきた。
「どう?」そう聞くと
「まだ下顎呼吸は始まってないし、安定してる。」
まだ、大丈夫そうだ。早く娘さんたち、来ないかな・・。
「ケアはまだ、必要?」
「うん。まだ。変わらない。でも、あともう少しだと思う。」
「そうか・・。」
時計を見る。13時。
ケアを始めたのが、8時半。
多分あともう少しでケアが必要なくなる、はず。

今までのSさんの記録を一気につけて
事務職に区切りがついたころに
「miraさん、一緒に計測行くよ。ケアもあるし。」
Tナースが声をかけてきた。
二人でSさんの部屋へ向かっている最中に玄関で
Sさんの娘さんの声がした。到着したか!よかった!
息のあるうちに面会できそうだ。
ケアを急がなければ。

「計測します。血圧、上64、下計測不能。KT36.5
SPO2・・・が・・・エラーが・・・
ちょっと、SPO2、miraさんやってみて。さっきからエラーなの。
Pが・・非常に弱い・・・60・・
頸動脈でとりにくくなってきています・・
呼吸数お願い。」
私はサーチュレーションと格闘し、4回のエラーの後、数字を取った
「SPO2・・95。呼吸数カウントします。」
いち・・・に・・・・さん・・・
「一分間に28。」
確実に減っている。
横で息子さんがそれを聞いていた。
「おやじはまだ大丈夫ですかね?」
「まだ、安定していると思います。」そう答えた。
「では、姉が来ているんで、今後の打ち合わせを葬儀屋としてきます。」
息子さんは出て行った。
あらあら、娘さんたちは、Sさんと面会もせずに
葬儀屋との打ち合わせですか・・・・。
Sさんはまだ耳が聞こえているはずって言ったのに、
「葬儀屋」なんて・・言わないでほしかったな・・・。

「じゃ、ケアを始めますか。Sさん、ごめんね。
また、ちょっと動いていただきますね!」
私はSさんに呼びかけた。
「痛い、痛い、おっしゃっていたのに、本当にごめんなさい。
ケアがへたくそで。右側が痛いって知ってたのに
ケアの時、どうしても右側を下にしなくちゃいけなくて・・
痛い、痛いってあれほど・・おっしゃってたのに。
へたくそで、何度も痛そうな声をあげていらして・・
すごく痛そうなお顔をしていて・・・」
その時、私の中で何か止められないものがぐっと迫ってきた。
「いちど・・ちゃんと謝ろうと思ってたんです。
Sさん、本当にごめんなさい・・ケアがへたくそで。
ごめんなさい・・痛がらせてしまって・・・」
私はそれを必死で抑えた。

介護士なんて泣く立場にはいない。
仕事で接しているのだから。
泣くなんて最低。
泣きゃ済むと思ってたら最低だ。

「痛くないように、ケアしますね!」
私はもう一度Sさんの耳元で叫んだ。



ターミナル13

2013.11.16 19:31|仕事
「手足をさすってもいい??」
私はTナースに聞いた。ナースは少し笑って
「うーん・・・」
無駄な努力だと思うけど、という顔をした。
布団を少しずらして、Sさんの足を見る。
「浮腫が、消えてきてる・・・」
あの、パンパンに膨れ上がった足が・・
サイズが5Lにまでなった右足が、Mサイズに戻っていた。
もとの、痩せた足になっていた。
手足にたまっていた水分が出たのだ。

どんどん、病から離れて
自由になっていく。
そして・・・
何も手枷足枷がなくなって、本当の自由になるんだ。

Sさんの足を両手でさする。
冷たい。予想以上に冷たい。
普通の冷え性の足の冷たさではなく
こちらの体温を奪うような、冷たさ。
どんなに温かいもので触れても
決して温まらないような冷たさ。
全く「生」を感じられないような冷たさだった。

「Sさん、あと、4時間ぐらいしたら、娘さんが来ます!
それまで、頑張ってください!」
そういいながら足をさすった。
「血圧、上がってくれれば、いいんだけど。」
「計測、始めますよ。」

「血圧は上53、下、計測不能。KT 36.3.
で・・SPO2は・・95、いい数字。
miraさん、呼吸数を。Pは・・頸動脈で・52。」
Sさんの口元に耳を近づけて数える・・
いち・・に・・さん・・し・・ご・・
「一分間に30。」
「ほらね。」Tナースは私に笑った。
「手足さすったぐらいじゃ、何も変わんないよ。」
「そうだけど・・・ね。」
そうかもしれないけど、何か・・・
何か・・そう思ってしまう。
何か、Sさんに届いてほしい、と。
浅はかなのだけど。

「では、ケアをするので、息子さんは・・すいませんが
廊下でお待ちいただけますか・・」
「あ、はい、お願いします・・」
ドアを閉め、ケアに入る。
この状態だと、まだ、まだケアは必要だった。
Sさんを絶えずきれいにしておかなければ。
私たちも頑張るから、Sさんも娘さんたちが来るまで
このまま安定していてください・・・
お願いします。

「Sさん、娘さんがもう少しで来ますよ!
お孫さんも来ますよ!よかったですね!もう少しですよ!」
ケアが終わった後、私はSさんの耳元で叫んだ。
その時、Sさんの目から涙がつーっとこぼれてきた。
薄らあいている目が乾かないように反応しているのだ。
「Sさん、目が乾くから、閉じますね。」
私はSさんの瞼をそっと閉じた。
そして、ティッシュでそっと涙を拭いた。

きっと、人生、最後の涙だ。

ターミナル12

2013.11.15 09:33|仕事
髭剃りの準備を始める。
洗面器、タオル、カミソリ、石鹸を
ぱたぱたと揃えて、もう一度息子さんに言った。
「すいません。本当はもっと頻繁にひげを剃るのですが。
Sさんは、ずっと荒い呼吸と苦痛を訴えていたので
お顔にカミソリをあてることができませんでした・・」
言い訳をし、頭を下げた。
「いえ・・・そんな・・・」

蒸しタオルで顔をきれいに拭き、温める。
「Sさん、ひげを剃らせてください。」
石鹸を泡立てて、そーっと口の周りに丁寧にすべらせた。
「おやじは、最近は大人しかったですか?」息子さんが言った。
「Sさんは・・ね・・・。」
私の頭の中で、鮮やかにSさんの声や姿や話がうかんでくる。
それは、今、目の前で何の反応もないSさんの姿とは
結びつかないぐらい、「生」の姿だった。

「Sさんは・・必ず、何かして差し上げると、
お茶を飲ませたり、おむつを替えたりすると、必ず
”ありがとうございます”と苦しい中でおっしゃってました。」
嘘ではなかった。
必ず「こんなことまでしてもらって、ありがとうございます。」
弱弱しく、震える、少しかすれる声で、たどたどしく
必ずそうおっしゃっていた。
「そうなんですか?それは、本来のおやじではないんですよ!
おやじは人に礼を言うような人間ではないですから!
病気のせいでしおらしくなっただけで!!
あの人はそんな、人の気持ちをわかる人じゃないんです!」
「そうですか・・?」
私は、ゆっくりとカミソリをSさんの顔にあてた。
「私たちが他人だからでしょうかね・・?」
Sさんを傷つけないように、ゆっくりとカミソリをすべらす。
「そんなことはないですよ!!誰彼かまわずですよ!
ここに来たばかりの時は、ひどかったですよね!!」
そう息子さんは笑いながら言った。
「・・・そうですね・・」
最期のお顔に傷をつけてはいけない、と、少々私は緊張していた。
「ここの飯がまずいとか、何も食うものがないとか
ほかの施設に連れていけとか、勝手に部屋に入るなとか。
ひどいこと散々言っていたそうじゃないですか!
あれが、本来のおやじなんです!!」

確かにここに来たばかりの時、Sさんは職員に
”ごはんがまずい!””もっとうまいもの持ってこい!”
”ぶどうを買ってこい!はやく、はやくもってこい!”
(Sさんは、異常なぐらいブドウが好きだった)
そう気難しく大声で言っていた。職員はみな怖がっていた。
Sさんの対応が難しいため何度かカンファを開いた。
でも、病状が悪化してからは・・・
あの、右鎖骨部分の腫瘍が卵大になったころから、
その元気もなく、痛みに耐え、荒い息をし、そして、
ケアをするたびに職員に感謝するようになった。
「すまないです・・こんなに・・してもらって・・」
痛みをこらえ、こちらに気を遣っていた。

その話をした。
「だから、職員で、Sさんを悪くいう人はいません。」
Sさんの顔をもう一度きれいに拭きながら私は言い切った。
「へー・・・」息子さんはまた、少し笑った。
「それは、本来のおやじではないですよ!知らないだろうけど。
そんな人じゃないですから。」
「いいじゃないですか・・。」
私は、髭剃りを終えた。
「病気にしろ・・・・どんな理由にしろ、Sさんは周りの方に
感謝するようになって・・・たとえ体はとても辛くても
心情は・・少し穏やかだとしたら・・
人間、結局、トントンになるようになっているのかも
しれないですし・・。わがまま半分、感謝半分のトントン」

息子さんは納得できない顔で立っていた。
そうか。
この人にとっては
おやじさんは”わからずや”でなくてはいけないんだ。
そうでないと、今まで虐げられた自分の行き場を
見失ってしまうのかもしれない。

なかなかうまくいかないものだな・・・
私はため息をついた。

とんとん、とTナースが入ってきた。
「計測の時間です」
「了解。髭剃りおわりました。」
「ご苦労様です。」
4回目の計測が始まった。

ターミナル11

2013.11.13 21:31|仕事
部屋はまだ明るい朝の陽ざしでいっぱいだった。
それは普通の、ごくありふれた日だった。
車の音やどこか遠くの踏切の音や
階下のディサービスのレクの声が
のどかに、のんびりと響いていた。
気持ちのいい日だ。
本当に、よく晴れてる。
私も最期はこんないい日がいいな・・・・。
ふと、そんなことを思いながら、ケアを進めていた。
「Sさん、もうすぐ息子さんがいらっしゃいますよ。」
Sさんの耳元で私は叫んだ。


3回目のケアの最中に息子さんはいらした。
「あの・・」と恐る恐るドアが開いた。
「すいません、ケアはもうすぐ終わります。
少しだけ廊下で待っていていただきませんか?
すぐ終わりますので。」
私はケアを急いだ。
終わってから、息子さんを呼び出す。
「お待たせしました、こちらへ。」
そして、Sさんの耳元で
「むすこさんが!きましたよ!とんできましたよ!」
大きな声で言った。「きこえてますか!?」
もちろん、反応はなかった。
「ども・・・・」息子さんは頭を下げながら入ってきた。
「事務室でおやじの状況は聞きました。
予想よりずっと早かったので、驚きました。」
「そうですね・・私たちも驚いています。」

息子さんはSさんの顔を見に近寄り
「こんな感じで逝ってしまうものなんですかね?
こんな風にすーはーって穏やかな感じで・・・」と
つぶやくように言った。
「いえ、あの、下顎呼吸・・・うーん、なんていうか、
規則的な呼吸ではなくて、顎を上下させる激しい呼吸に
変わるのが一般的と言われてます・・。」
前回のターミナルケアの時も、父の時も、
親戚の人を看取った時もそうだった。

下顎呼吸は苦しそうに顎を上下させ、酸素不足に陥った脳に
必死で酸素を供給しようとする体の反応、と言われ、
また、傍から見ればすごく、すごく、苦しそうな呼吸だが
本人は苦しくないと言われている。
もちろん、本人は苦しくないっていうのは理論上で、
誰かが確かめたわけではない。
見た目通り”非常に苦しいのだ”という人もいるそうだ。
でも、「あれは、苦しくはないのですよ。」と言われると
周りの人の慰めになる。
苦しそうに見えるけど、苦しくはないのだ・・と
誰かに言われると、ほっとする。
最期の最期まで苦しくて苦しくてでもどうしようもできない
という状況は周りにはとても辛いのだ。
だから、私は信じている。
下顎呼吸は苦しくはないのだと。

「Sさんは、まだ、規則的な呼吸で下顎呼吸が
始まっていないのでまだ、この状態で安定されるかと。
先ほどいらしてたお医者さんは言っていました。」
「そういうものなんですか。」
息子さんはSさんの顔を眺めながら言った。
「そうらしいですね・・・」

「すみませんが、もし、よかったら。」
私は息子さんに向き合った。
「Sさんのひげを剃ってもいいでしょうか?
お二人きりでお話になりたいと思いますが、
Sさんのひげを剃る時間をいただきたいのですが・・」
そういうと、息子さんは笑った。
「話も何も!お願いします。
おやじのひげ、剃ってやってください。」
「ありがとうございます。」
私は頭を下げ、髭剃りの準備をした。

これからお孫さんたちもいらっしゃるという。
最期にきれいなSさんにしてあげなければ。

ターミナル10

2013.11.12 21:23|仕事
私がSさんの計測を急いだのは。
Sさんの状態を
「ご家族が面会に来ても差し支えない」状態に
しなければならない状況だったからだ。
計測前にケアをすると、計測値が変化してしまう。
まず、計測、それからケア。
それが、30分おきに・・・
ケアが必要ない状態になるまで続けられる。

ご家族は、もちろん、最期の別れに面会にいらっしゃる。
もしかしたら、親戚もいらっしゃるかもしれない。
その時にSさんの状態が
「普通の感覚の人では、とても最後の別れを言えるような
状態ではない」であってはターミナルケアとは言えない。
当然のことだ。

水銀の血圧計をSさんのわきにおき、Tナースは
聴診器を自分の耳にあてた。
(自動血圧測定器ではもうエラーが出る状況だった)
「BP上68、下計測不能、SPO2は93、
KT36.6、miraさん、呼吸数お願い。
Pを頸動脈にて、52。」
Sさんの顔に耳を近づけ、片手に腕時計を持って数える。
Sさんの大きな呼吸がここにある命を感じる。
いち、に、さん、し・・・
「呼吸数一分間に35。」
「了解。」
そしてケアを始める。

「Sさん、ごめんね、ちょっと、動かしますね。
右手、右足が痛いんですよね。右のわき腹も痛いんですよね。
できるだけそっとやりますね。」
いつも通りの声をかける
そして、少しずつ、少しずつ動かす。
いつものはぁ、はぁ、というSさんの荒い呼吸が聞こえる
でも、いつもの「あ・・・あ・・う・・」という苦痛の声はない。
苦痛の表情もなく、ただ、荒い呼吸が聞こえていた。

その時、私は実感した。
Sさんは痛みのない世界に今いるんだ。
あれほど、痛い、痛い、と言っていたSさん。
今は痛くないんだ・・・。

よかった。
そんな風に思った。
不謹慎なのかもしれない。
でも、とても素直に思った。
痛くないんだ・・・よかった、と。
今まで、あのSさんの痛そうな苦しそうな表情を見るたびに
私たちはどうしていいかわからず
思いつく限りのことをするだけだった。
でも、今は。
痛くないんだ・・・・。
あの苦痛表情も苦痛の声もない。


ケアをしながら、昔読んだエッセイを思い出した。
ひどく昔に読んだから正確な文章は忘れたけれど。

「眠りたい人には、ベッドを。
死にかけている人には、死を。」

その言葉を今かみしめていた。



ターミナル9

2013.11.11 22:13|仕事
私とRさんは今日のことについて社長と話し合った。
役割分担についてだ。
Rさんと社長は対外的な対応。
私とTナースはSさんの計測とケア。
おたんこなーすはほかの方のケア。
その他ディの入浴・レク等の職員の割り当ても大きく変え
緊急体制となった。
「Sさんのケアですが、私とTナースだけではなくて
ほかの人と交代でやった方が・・・」
私がそう言うと、社長は苦笑いをした。
「それがさ・・・KちゃんもOさんも、怖いんだって。
経験がないしさ、その、なんていうか、怖いんだそうだ。」

「怖い」か。
そうか。
それが、普通の人の感覚なのかな。
「怖い」
そんなこと考えもしなかった。
前回も考えなかった。ただ、無我夢中だった。
KちゃんもOさんも介護士として新人ではない。
それでも「怖い」んだ。

「そうですか。ともかく、Sさんのケアを始めます。」
私はTナースと二階のSさんの部屋へ走った。
体温・血圧・脈・SPO2・呼吸数を30分おきに
計測しなければならない。
やることも山のようにある。
そして、次々出てくるはずだ。


というわけで、以下、ターミナルケアについて
少々書いていこうと思うのだけど。
もちろん、あまり生々しいことは書く気はない。
それでも、
読む人によっては
怖かったり、不快だったりする内容に
なってしまう可能性はあるわけで。

なので、この先、
こういったことを読みたくない方には
続きの記事を読むことをお勧めできない。

私は、結局自分のためにこの記事を書いているので
「怖い」「不快だ」「気持ち悪い」等の批判的な
ご感想をいただいたとしても
この話をオチまで書き続けると思うので・・・。
「不快だ」と感じたら、記事を読まないという
選択肢を強くお勧めする。


ケアを始めようとしたら、医者が到着した。
Sさんの様態を一通り調べた後、
私たちを廊下に呼んだ。
「あんな状態でも耳は最後まで聞こえているからね。」
医者と看護師は苦笑いして話した。
「あと、最低でも5~6時間はあの状態で安定するね。
痰が絡むとか突発的なことがない限り。」
「そうですか。」思った通りだ。
「で、ここの住所ってなんだっけ?」
そういいながら、医者は壁に書類を手で押さえて書き始めた。
診断書だ・・・。
これが必要なんだよな。
「じゃ。がんばって。」そう言うとさっさと行ってしまった。
診断書を書くためにここに来たかのようだ。
そりゃ、この状態じゃ何もできないものな・・・

私は時計を見た。そして、Tナースに言った。
「さて、始めますか。最初の計測、午前8時30分。
記録します。お願いします。」
長い一日が始まった。


ターミナル8

2013.11.10 20:39|仕事
「おやじは、謝らないで逝く気なんだな。」
そうなのかもしれないな、と今になっても思う。
”気持ちが似ています”ぐらいの言葉が
なんとか発せられる状態であったのなら
”すまない”とか”悪かった”という
謝りの言葉ぐらい発せられるはずだ。
だからと言って、何が変わるわけではないのだけど。

介護の仕事なんかしていると、どうしても
利用者目線になってしまう。
自分がケアしている利用者さんが”悪い人”とは
思いたくないからだ。
利用者さんが”悪者”と感じると、そのケアの最中に
感情がぶれてしまうことが多い。
「こんな、しおらしくしていても、家族には酷いことしたんだ。」
そう思いながらのケアは雑になってしまう傾向があるから。
”そりゃ、いろいろあったかもしれないけど、
なんかの縁で私がケアさせて頂いているからには
できる限りやらせてもらいまっせ”なんて考えるようにしている。
私は家族ではないのだから。
だから、Sさんが本当は「息子には謝る気なんかさらさらない」
ひどいおやじさんであっても、何が変わるわけではない。
ただ、そうかもしれないな、と思うだけだ。

息子さんがお母様の遺影を持ってきた日から四日後だった。
その日は本当によく晴れた日だった。
この時期にしては珍しくとても暖かく雲一つなく
さわやかで気持ちのいい日だった。
私はいつもより1時間も早く職場に着いた。
今思い起こしても、なんで1時間早く行ったのかわからない。
職場について気が付いた。
”あれ?いつもよりこんなに早い??なんで??”
「miraさん!」緊迫した雰囲気の社長に大声で呼ばれた。
「はい?!」
「Sさんが急変だ。今朝がた4時から反応がない。」
ええ?「呼びかけは?痛覚反応は?BPは?」
「KTが高かった。BPは正常範囲だった、反応はいまナースが見てる。
俺は家族とケアマネと医者に連絡する。」
その時にコールがなった。21番、Sさん。
私は荷物を置くとSさんの部屋へ走った。
早いな。こんなに早いとは。

がらがら、とドアを開けると、おたんこなーすが
Sさんのケアをしていた。
「どう?」
「反応マイナス。BPは上70きってる。下は計測不能。Pは48。
SPO2は93。KTは35。」
「そう。手伝うよ。」私は手を出した。
反応マイナス、で、BP70、SPO293・・・。
まだまだ大丈夫だな。
「まだ、大丈夫だね。」そうなーすを見ると
「うん、多分、何時間か大丈夫。」
ケアをしながら、反応がほとんどないSさんを感じると
いま、Sさんがどこにいるかが伝わってきた。
もう、たぶん、引き返せないところにSさんはいるな。
そうか・・・・

息子さんはあと1時間ぐらいでここにくると言っていた。
あんまり時間がないな。
ケアを始めなければ・・・・。

危篤状態、という身体変化に伴うケアは山のようにある。
生々しいので、具体的には書かないが
やることはたくさんある。
そのうえ、ここは病院ではないので、血圧やら心拍数やらを
表示するモニターなんてないので
約30分おきにすべての数値を手で計測し
記録しなくてはならない。

前回、2年ほど前に「危篤状態の方のケア」をしたときは
無我夢中で動き回り、ほとんど椅子に座る時間もなかった。
そして、やはり、精神的にも結構つらかった。
昼食も夕食も食べられず、お茶も飲む気にもなれず
家に帰ってからも二日ほど全然眠れなかった。
もう、呼び戻すことができない方のケア。
少しずつ着実に土色で冷たくなっていく方のケアは
その時の私にはきついものがあった。

とにかく、早くケアを始めなければ。
ご家族が到着してしまう。
私は動き出した。

ターミナル7

2013.11.09 20:54|仕事
私は廊下を突っ走り、Sさんの部屋に入った。
「Sさん、どら焼きですよ!」
ベッドをギャッチアップしSさんの体勢を整え
とろみの水分も用意し、タオルを準備して
私はSさんに勤めて明るい声で呼びかけた。
「Sさんが好きなどら焼きです。口開けてください」
Sさんの口がゆっくりとあいた。
こちらの指示がSさんに入っている!今だ!
小さい小さいどら焼きのかけらをそっとSさんの口に入れた。
Sさんの口がゆっくりと動く。
咀嚼している。
「おいしいですか?」
「ああ・・・」
ごくりと小さい音をたててSさんは飲み込んだ。ムセなし。順調だ。
「もう一つ食べますよ。」
私はSさんの口にどら焼きを入れた。

驚いたことに、その時、Sさんはそのどら焼き1個を
おいしそうに、むせることなく完食した。
固形物を咀嚼して摂取したのは、二日ぶりだ・・。
Sさんは食べ終わり、私はとろみのお茶を口に運んだ。

部屋はまだ夕日色に染まっていた。
なんていう色なんだろう。切ないような。
昔から、子供の時から、この色はなにか
気持ちの奥を静かに揺り動かすような気がする。

Sさんの首筋に触る。熱感がない。熱が下がったか?
ああ、今日はどら焼きを食べたって、
大きく記録しよう。看護師にも報告しなければ。
Sさんの動く左手がゆっくりと上がってきた。
「どうしました?」
「しゃしん・・」
ベッドサイドのテーブルには、この前の娘さんが来た時の
親子三人の写真がかざってあった。
Sさんのために、大きく引き伸ばされた写真。
「しゃ・・しゃしん・・」
「きれいな写真ですね。この方が息子さんですか?」
わざと大声で聞く。Sさんの反応が見たい。
「む、むすこ・・じつの・・むすこ・・」
「そうですか。よくSさんに似ています。
特に、目のあたりがそっくりで、男前です。」
Sさんはほんの少し笑った。呼吸が穏やかだった。
痛みが和らいでいるのかもしれない。
「むすこ・・わたしに・・にています・・
きもちが・・・にています・・・」
「・・・そうですか・・・」

もしかしたら。
さっきのやり取り、Sさんは全部わかっているのかもしれない。
私はそう思った。
Sさんは息子さんに何を言うつもりだったのだろう。
謝るつもりだったのか。
それとも、怒鳴りつけるつもりだったのか。
ここに一番最初に息子さんが来た時のように。

「きもちが・・にています・・」
「・・・そうですか・・・」
きっとそうなんだろうな。
どちらも譲らないところはそっくりなんだろうな。
Sさんはそれがわかっているんだろう。
でも、多分、息子さんはそれを認めないだろう。

息子さんは、今の自分がこんな風になってしまったのは
ぜんぶぜんぶ父親のせいだと思っている。
家庭で理不尽な暴力をふるい続けた父親のせいだと。
大学に行けなかったのも、うつ病になって会社を辞めたのも
結婚できなかったのも、ぜんぶ。
そして、それをなんとかしてSさんに伝えたいと必死なのだ。
たとえ周りの人が何と言おうと、悪いのは父親で、
でも、そうやって父親を責め続けるのも苦しくて。
自分はとても苦しんできたし、今も苦しんでいる。
そんな風に強く思い込むところがそっくりなのかもしれない。

Sさんはゆっくりと横になった。穏やかな呼吸だった。
静かに口腔ケアをする。よかった、苦しそうではない。
息子さんと会った初日とは違った。

暗くなりはじめた部屋で、突然に
あるとんでもない思いが私の中をよぎっていった。
まさか・・・いや、まさか・・・
Sさんは、苦しんで泣いている息子さんを
蔑んでいるのか?
泣いて母親に謝れと訴える息子が帰って
食欲が戻りほんの少し笑顔までみせ
穏やかになったのは・・・。
お前は一生苦しんでいればいいんだ・・とでも?
まさか・・・。

たとえ、そうだしても、確認のしようがなかった。
やめよう、そう考えるのは。
いいことがない。
「Sさん、おやすみなさい。また後できますね。」
私は部屋を後にした。


そして
私たちの予想以上に早くその日はやってきた。
ターミナル。
終着の日。



ターミナル6

2013.11.08 19:44|仕事
息子さんは突然に来た。
風呂敷に何かを包んで持っていた。
「おやじに今会えますかね?」
「今、ちょうど往診中なんですが・・・
お医者様ともお話になりますか?」
そう答えると、息子さんは、「ええ、ぜひ。」とうなずいた。
「おやじが本当はいつまでもつのか、聞きたいです。」
大丈夫だろか。Sさんの様態は変化しないだろうか。
不安になりながらも、
私が同席するという条件で面会をすることとした。

自室の廊下で、ちょうど往診を終えた医者と私たちは会った。
息子さんは、医者のそばに走って行った。
「おやじは、どうなんですか?どのくらいもつんですか?」
「今はちゃんと声かけに反応しています。急変がない限り
やはり・・前回申し上げた通りかと・・・。
脈が弱い方ですが、肺が強い方なので、何とも言えません。」
「そう・・・ですか。やはり、もう、もたないんですね・・」
息子さんは涙声になっていた。
それから、つかつかと歩きだし、Sさんの自室のドアをがらがらと
大きな音を立てて乱暴に開けた。

「おやじ、今日は、母さんを連れてきた!!」
そして、ぐったりとベッドに横たわっているSさんに近づいた。
骨と皮の骸骨のような顔で、痛みに耐えながら荒い息をしている
Sさんの目の前でその風呂敷を広げた。
そこには白黒写真の女性の着物姿の遺影と位牌があった。

「母さんの写真だよ。わかるよね。母さんだよ。
あんたが散々理由もなく殴って、蹴って、罵ったかあさんだよ!!」
はぁはぁ・・・という呼吸の音がする。
Sさんはその定まらない頭を写真のほうにむけようとしていた。
黒目がゆらゆらと泳いでいた。
「やっぱりね。俺はよくても。姉さんがよくても。
母さんには謝ってもらいたいんだよ!
俺があんたの保証人になったんだ。その条件だよ!
前ににも言っただろ!謝ってくれれば面倒を見るって。
でも、あんたは謝らなかった、だから、俺はあんたの面倒を放棄した。
ねえさんが言ったんだ、もう、忘れろって。父さんの保証人になれって。
世間体もあるでしょ、もう、おとなでしょって。
だから、一度は納得しようと思った。
あんただって、こうやって苦しんでいるんだからな!
今までの報いをこうやって受けているんだから、仕方ないって。
でも・・でも・・やっぱり・・母さんのことは、許せないんだよ!!
謝れよ!!母さんに・・・」

はぁ・・・はぁ・・・と荒い息をしながら
少しずつSさんは動いた
声がする方に体を動かそうとしているようだった。
「Sさん、あぶない!!」
私はかけよって、Sさんの体を支えた。
「Sさん、苦しいですか?」
「あ・・う・・・」
「息子さん来てます。わかりますか?」
「あ・・・う・・・」
Sさんはゆっくり、ゆっくり動かせる方の左手をあげて、
息子さんを指さした。「あ・・・あ。」
Sさんのほほが紅潮していた。
呼吸数が上がっているように見える。
熱感がある。やばいな。KTはどのぐらいだろう?
このまま面会を続ければ、また急激に体調が変化しそうだ。

「わかるんだろ!わかってるんだろ!
全部わかってるんだろ!だったら、謝れよ!!
母さんに謝れよ!!すまなかったって。悪かったって。
謝れよ!!でないと、母さんがうかばれないよ・・。」
息子さんはその写真をSさんの目の前に差し出した。
「母さんに謝れよ!!」
涙交じりの大声が部屋に響いた。
「一言でいいから・・謝ってくれよ・・・」

傍から見れば。
これはもう茶番でしかなかった。
息子さんが必死になればなるほど。
その声は悲しいほど滑稽に響いていた。

「すいませんが、今のSさんには、無理です。」
私は言い切った。
「体力的に、これ以上の面会は無理です。すいません。」
え?と息子さんは私を見た。
それは、あなたには俺の気持ちがわからないのか?
というような表情だった。
「介護士として、これ以上、Sさんに無理させるわけには
いきません。すいませんが。面会はここまでにして下さい。」

息子さんは何も言わずに立ち上がり
遺影と位牌を風呂敷に包みなおした。
「おやじは、謝らないで逝くつもりなんだな・・・」
そう言い残し、またつかつかと歩き去って行った。
階段を乱暴に歩く音がして「失礼します!」という
大きな声が聞こえた。

Sさんの部屋は静かになった。
私はため息をついた。
これでよかったんだろうか。わからない。
西の窓から茜色の光が差し込んできて
部屋全体が「夕日色」としか言えない色に染まった。

私はSさんのケアをした。
KT、BP、SPO2、呼吸数を測定しおむつ替えをし
尿量測定し、薬を服用させ、とろみによる水分摂取をした。
やはり、熱発している。血圧数値も悪化。呼吸数もよくない。
この状態でも、Sさんにはちゃんと息子さんが言っていることが
もしかしたら、わかっているのかもしれない。
この体調の悪化は、罪悪感なのか、ただの興奮なのか。
クーリングするか、熱さまし服用か・・と考えていると
Sさんが突然、仰向けのまま天井を見つめて言った
「・・・ど・・らやき・・・」
「どらやき??・・どらやき、食べたいですか?」
「ああ・・はい・・」
「すぐにもってきます!」
Sさんがはっきりとした意思表示をした!
久しぶりのことだ!
私は急いでどら焼きを細かく切り
お湯に浸し柔らかくして、Sさんの自室に持って行った。
このごろ、食事摂取量が一段と落ちている。
なんでもいい、少しでも食べてくれれば・・・。
そう、祈るような気持だった。

ターミナル5

2013.11.07 13:01|仕事
息子さんは話がある、と言ってきた。
「成年後見人手続きを、やめます・・。
俺がキーパーソンになります。」
そして、ここの施設との契約を書き直した。
契約者をSさん自身から息子さんの名前に。
その他の各種手続きを済ませた。

「Sさんにお会いになりますか?」Rさんは聞いた。
「いや、会いたくないのですが・・」
そういいながら、息子さんはバッグから文書を取り出した。
「おやじ宛に手紙を書きましたので、おやじに
渡してほしいのですが・・・」
それは、ワープロ打ちされたA4の文書、4~5枚だった。
私とRさんは顔を見合わせた。
「すいませんが・・・申し訳ありませんが・・・」
Sさんはもう、字が読める状態ではない。
これを渡されてもSさんにはどうしようもできない。
それを説明した。
「では、おやじに読んで聞かせてやってください。
俺の気持ちが書いてあります。
どうしてもおやじに伝えたいのですが、
俺が直接言うと、興奮してしまいそうなので。」
そういうと息子さんは立ち上がった。
「お願いします。おやじにわからせてやってください。
じゃ、よろしくお願いします。」
息子さんはさっさと帰って行った。

Rさんと私はその文書に目を通した。
”おやじへ
この前は姉の●●が来てよかったですね。手作りコロッケ
おいしかったですか?
あんな風にあれほどあなたを嫌った姉が
優しくおやじに接しているのを見て正直驚きました。
姉は家庭も仕事も毎日楽しいそうです。
俺もあなたのせいでなってしまったうつ病がようやく一段落し、
この前、大型免許が無事に取れました。
これから就職活動を始めるつもりです。
ここの施設を見て、介護の仕事にも興味を持ちました。
就職が決まったらお知らせします。

これだけはあなたに言っておきたくて、手紙を書きました。
あんな風に俺たちがあなたに優しくしたからと言って
俺たちがあなたを許したわけではないということです。
あなたは、許すことができないことを、俺たちに、
俺と姉と、そして何よりも母さんにしました。
それは、あなたが何をしても、
たとえ土下座で謝ったとしても
決して許してもらえるものではありません。
それをわかってもらいたいのです。

でも、もう、あなたに謝ってもらおうとは思わなくなりました。
姉に言われました。
「もし、父さんがあなたに謝ったとしても
あなたは満足するの?」と。
多分満足はしないと思います。
謝ったぐらいで済ませる気か!と新たな恨みが出てきそうです。
だから、あなたにこれだけは言いたいのです。

これから先、あなたの人生のこれから先
あなたを世話してくれる人に感謝してください。
毎日毎日「ありがとう」と周りの人に感謝してください。
あなたは、生きているのではなく
”生かされている”のです。
そして、俺たち、姉と俺と母さんに感謝してください。
俺たちは、あなたも知っているでしょうが、
何度も何度もあなたを殺してやりたいと思いました。
殺さないでいてくれてありがとうと
俺たちに感謝してください。

それで、母さんもきっとあの世でようやく笑顔に
なるような気がします。
姉と俺の行き場のない恨みや苦しみが
少しは和らぐと思います。
そう信じています。”


Rさんと私はため息をついた。
この文書自体はすばらしいものかもしれない。
でも、これを・・・読み聞かせたとしても
今のSさんが理解できるとは思えない。

結局、この息子さんは。
自分の気持ちの整理でいっぱいいっぱいで。
こんな文章を書いてSさんに読み聞かせるなんて
自己満足でしかないことに気が付かないのか・・・。

息子さんにはSさんの現状がわからないのか、
それとも
Sさんが生きているうちに、Sさんから
精神的に開放されたくて必死なのか。

「Rさん、どうします?」私は聞いた。
Rさんはちょっと困ってそのあと
「そーねー。息子さんが来て、周りの人に
感謝して暮らすようにって言ってましたよーと
伝えるだけにしておきましょう・・か。」
まぁ・・・大筋はあっているか・・・。

もっとしっかりしたSさんなら、この文書を読んで
何を思ったのだろう。

でも、この息子さんはまた一週間後に
ここにやってきた。
またしても、突然に、何の連絡もなく。

ターミナル4

2013.11.07 09:59|仕事
Sさんと娘さん息子さんの面会は
和やかに行われていたらしい。
罵声も怒号も聞こえなかった。
1時間後に「すいません」と娘さんに私は呼ばれた。
「親子3人で写真を撮ってもらえませんか?」
「はい、今、行きますね。」
カメラを構えると
美しく満面の笑みを浮かべる娘さんと
ぎこちなく笑う息子さんとSさんがそこにいた。
「Sさん、いい顔ですね~では撮ります。」
これがSさんの最後の写真となった。

「では帰ります。父をよろしくお願いします。」
娘さんは頭を下げた。
「手作りコロッケ、食事の時に出しますね。」そういうと
「ありがとうございます。本当にここで皆様に良くして
いただいて。父も幸せです。ありがとうございます。」
また頭を下げ、そして、私に小声で言った。
「成年後見人の手続きを取り下げさせます。
弟に父のキーパーソンになるよう説得します。」
「そうですね・・。」
実際問題、後見人の手続きをしても、後見人が決定するまで
とても時間がかかることが多い。
私の知っているケースの中では、早くても半年かかった。
余命2か月では、間に合うと思えなかった。
それにしても、この娘さんは自分がキーパーソンになるとは
言わないのだな・・・それが少々気になった。

笑顔でSさんに手を振り別れを告げる
息子さんと娘さんに挨拶をしながら、
なぜか私とRさんはとても冷めた気持ちになった。
自分の気持ちとこの状況を丸く収めようと
笑顔を振りまいている美人の娘さん。
多分自分の気持ちをどうしたらいいのかわからない息子さん。
「これもみーんな、お金が絡んでないからの話ですよね。」
私はRさんに言った。
「そうよ。だから、あんなに自分の気持ちに
こだわっていられるのよ。金策を考えなくていいから、ね。」
Sさんは大金を騙された過去があるにしても
結構な額の資金と年金があり、ここの支払いには不自由しない。
もし、Sさんがお金がなくて、この施設の支払いは誰がする?
っていう問題があったとしたら・・・
娘さんだってあんなきれいな笑顔を見せなかっただろうし、
息子さんだって過去の自分や自分の怒りの行き場や
そんなことよりも、金策に翻弄してただろう・・。
この施設にはそういった例の方が多い。

Sさんの夕食に娘さんの手作りコロッケが出された。
「娘さんが自分で作ったそうですよ。お母さんの
味付けを真似したそうですよ。」
そうSさんに言うと、Sさんは不思議そうな顔をこちらに向けた。
「むすめ・・・?むすめですか・・?」
「そうです、娘さんです。」
「はぁ・・・息子はきょう来たけれど・・娘は・・?」
ああ、と思った。
Sさんは娘さんの面会を覚えていないんだ。
「きょうね、息子さんと一緒に娘さん来ました。
そして、コロッケを作ってくれましたよ。」
「むすめが・・?はぁ・・来ましたか・・?
むすこはきましたが・・・。そうですか・・そうなんですか・・。」
それでも少しずつSさんはそのコロッケを口にした。
「おいしいですか?」
「はぁ・・よく、わからないです・・」

娘さんは”いいのよ。お父さん、許してあげるわ”のような
気持ちで今日面会したのだろうけど・・・
手作りのコロッケ持って、かいがいしい娘の姿を
父に見せたかったのだろうけど。
Sさんにはそれが全く伝わってなかったのか。
伝わってないどころではなくて、
認識も記憶もされていなかったのか。

なんか、皮肉なものだな・・・
もっと早く親子三人で話ができていたら
違ったのかもしれないが。

もう、Sさんの状態は、何かを
はっきり認識できるようなものではなくなっていた。
焦点が合っていないのか、ぐらぐらとうごく黒目。
ふらふらとうごく頭。
右手右足はもう全く動かせず、痛みが絶えずあり
体を丸めて荒い呼吸をしていた。
痛みどめの麻薬は副作用が非常にきつく、
命を縮める危険があり、使用が一時中止となっていた。
そして右鎖骨部分のリンパ上にある腫瘍は、
成人男性の握りこぶし大ぐらいに成長していた。

Sさんのケアをしながら、この腫瘍が鼓動と連動して
脈打っているのを、私は静かに見ていた。

少し前までは、一か月前ぐらいまでは
この腫瘍をざっくり切り落として窓から捨ててしまいたい
というわけのわからない欲求が私にはあった。
こいつが諸悪の根源なんだ・・といったような。
でも、今は・・この大きく成長した腫瘍を見るたび
育んでいるんだな、と静かに思うようになった。
きっと誰でもそうなんだろうな。
こうやって”死”を体の中で育んでいるんだろうな・・・。

その二日後に息子さんはまたやってきた。

ターミナル3

2013.11.04 21:42|仕事
次の日曜日、息子さんは来た。
「姉はもうすぐ来ると思うので・・」と玄関で待っていた。
しばらくして、娘さんはやってきた。
「ねぇーさん!」という息子さんの大きな声で私たちは駆けつけた。
そこには、目を見張るような美しい女性が立っていた。
女優さんみたいだ。きれいな人だ。
たくさんのたくさんの荷物を抱えていた。

「お世話になっております、Sの娘です。」
その方は頭を下げた。Sさんとは全然似ていない。
あ、そっか・・確か、娘さんはSさんの奥さんの連れ子で
実の娘ではなかったっけ・・。
「Sさんにお会いする前にお話があります。この前の
病院受診結果をお知らせしたいと思います・・」
そういいながら、来客室へ案内する。
「これ、つまらないものですが、皆様で。」
その娘さんは菓子折りを差し出した。
「父は皆様に迷惑をかけているでしょう・・本当に
すいません。わがままですから。お世話になります。」
娘さんは何度も何度も頭を下げた。
それを息子さんは少し驚いた表情でみていた。

受診結果、余命、そして、現状を伝える。
2か月。年は越せないだろう・・ということを・・。
娘さんはうつむいて、ハンカチを握りしめそれを聞いていた。
「父が・・長くないのは、知っていました・・・が・・
2か月と・・きっちり・・期間を言われると・・・。」
涙声で時折ハンカチで目をぬぐいながらぽつぽつと話した。
「ご存知かもしれませんが・・父とは・・いろいろあって・・
私も、ひどい娘でした・・・弟が父のことを罵るのも・・
無理がないとは思っていますが・・。」
息子さんもうつむいてうなずいていた。
「でも・・今となっては・・もう・・。父も、昔の父では
ないと思いますし・・・最期は・・今までできなかった
親孝行をしてあげたいと・・いろいろあっても・・
私たちを・・育ててくれたので・・・」
息子さんは眉間にしわを寄せて、すごい目で
そう語るお姉さんを見つめていた。

この娘さんは、しっかり自分の気持ちを整理してここに来ていた。
暴力をふるい、自分たちに深い心の傷を残した父。
それでも、少なくても、育ててくれた。
一人前になるまでお金は出してくれた。
それには感謝しなければならないし
ここで、この最期の場面で父に優しくすることで
自分の気持ちに片をつけたい・・・
そんな風に見えた。

息子さんは、そんなお姉さんの気持ちに
驚いていたようにみえた。
お姉さんも自分と同じで父を罵りに来たと
思っていたはずだったから。

「父の好きな手作りコロッケです。
母の味を私が真似してみました。
それから、好物のどら焼きと羊羹と月餅です。
父はずっと糖尿病で食事コントロールしてて
こういった甘いものは食べられなかったのですが
もう、好きなもの食べていいと・・思ったので・・
大丈夫ですよね?」
「ええ。」
「よかった。これは、父のパジャマ、冬服、下着
ズボン、靴下です・・父は緑が好きなので
緑色のものをたくさん買いました。それから、これは
軽くて暖かい毛布です。ガンの痛みがあると思うので
軽いものがいいかと。それと食事用エプロンです。
全部名前を書いてきました。使ってください。」
次々と荷物を出しながら、娘さんは涙声で話した。
「本当にお世話になります。父はわがままでしょう?
ご迷惑をおかけしてます・・。」

それは、まるで、ドラマの一場面だった。
美人の女優さんが、末期を迎えた父の世話を
かいがいしくする娘を演じているようだった。
息子さんは一言も話さなかった。
ただただお姉さんを見つめていた。

「父に会ってもいいでしょうか?」
娘さんは涙を拭いて言った。
「できるなら、親子3人で会いたいのですが・・」
「わかりました。Sさんの部屋へご案内します。」


ターミナル2

2013.11.02 22:01|仕事
息子さんだとは、すぐにわかった。
それほど、その人はSさんに似ていた。
「おやじに会いたいのですが。会えますかね?」
私の上司のRさんと社長は、その前に少し話がしたいと言った。
「どうしてSさんとお会いしたいのか、その理由を
教えていただきたいのです・・。」
その理由によっては、Sさんの体調を崩すような理由だとしたら
残念ながら、会わせることは難しい。
私たちはSさんを守らなくてはならない立場だから。
息子さんは即答した。
「おやじが成年後見人の手続きをしたと聞いたので。」

それは、つまり、今後のことは後見人にお願いするという
手続きを承諾したということは、
息子にはもう今後一切頼らない、ということを意味する。
「もう、俺とおやじは他人同様ですよね?だったら見てみたい。
気弱になったあの人を。話がしたい。俺は、自分の気持ちの
ぶつけ場所がわからないので。」

連絡したケアマネさんが到着し、ケアマネ同席のもと
Sさんとその息子さんは面会した。
Sさんの部屋は2階の一番奥の一番いい部屋だったが
一階にいても聞こえるほどの大声が聞こえた。
Sさんと息子さんの。
「うるさい!お前に何がわかる!」
「おやじもわがままやめろよ!現状わかってるのかよ!」
「うるさい!」
Sさんは大丈夫だろうか。体がもつだろうか・・。
私たちはそればかりを心配した。

1時間ほどして、ケアマネと息子さんが二階から降りてきた。
「帰ります。ありがとうございました。」
「あ、あの。」Rさんは息子さんを呼び止めた。
「どうでした・・何か、話はできましたか・・?」
息子さんは苦笑していた。「ええ、まぁ。また、来ます。」
「あ、あの。」もう一度呼び止める。
「Sさんは延命治療を拒否し、ここでの最期を希望しております。
息子さんはどのようなお考えですか・・・?」
ちょっとの沈黙。
「好きにしろ・・っていうか、早く死ねって感じですか。」
そういうと息子さんは苦笑した。
「では、また来ます。まだ言いたいことがある。」
息子さんは、さっさと帰って行った。

Sさんの部屋からはまだ大声が続いていた。
一人で部屋の中で叫んでいるのだった。
「ばかやろ=!!うるさい=!!でてけ=!」
「なにが悪い!うるさい=!ああああああああああ!」
それは2時間近くに及んだ。

その夜から、Sさんの病状はますます悪化した。
「頭が、割れるように、頭が、痛いのです・・」
「右腕が・・右足が、動かない・・・。」
呼吸も荒く、痛みの訴えが強く全く眠れていない。
あまりにも急速に悪化しているので、受診となった。
頭のCTをとると、脳内に9か所悪性腫瘍が転移していた。
そして、とうとう、ペインコントロールとして麻薬が処方された。
余命は、2か月との診断だった。
それはSさんには伝えられなかった。
息子さんとの面会の後、非常に精神的に混乱しているSさんが
その事実がどのように受け止めるか、
私たちには全く予想がつかないからだ。
それに私たちは家族ではない。

「息子は、いつ会いに来ますかね・・?」
Sさんはしきりに職員に聞いていた。
「会いたいのですか?」と聞くと
「ええ、まぁ・・会って話をしなければ・・・。」
Sさんのベッドわきには、まだあの
息子さんからの手紙が置いてあった。

私たちはまた息子さんと連絡をとった。
Sさんの受診結果、余命、現状を伝えるために。
「今度の日曜、姉と一緒にそちらへ行きます。」
息子さんはまるでニュースを読むかのように
淡々と電話口で話した。
「姉も気弱なおやじに話がしたいそうなので。」

またSさんは混乱するんだろうか。
それが心配だった。
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プロフィール

mira

Author:mira
パートの介護職のへタレおばさん。
そして
ちょっぴりヲタクが自慢。
私の知識の80パーセントは
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