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ターミナル

2013.10.29 20:31|仕事
この仕事で精神的にくるのは。
すごく忙しいことよりも。なによりも。
ターミナルケア。終末期のケア。

コールが鳴る。頻回なコール。
番号を見なくてもわかる。21番。Sさん。
坂道を転がり落ちるように毎日毎日ADL(身体能力)が
落ちていて、痛みも増している。
末期のがん。全身の転移。ご本人より入院は拒否され
「この施設での最期」を希望されている。

Sさんの部屋へ急ぐ。
「どうしましたか?」
Sさんはベッドの端に座り、頭を抱えていた。
「・・・わたしは・・どうしたら・・いいのですかね・・」
「つらいのですか?」そういいながらSさんのそばに行く。
「・・頭が・・痛いのです・・
どうしたら、痛みがひきますかね・・・」
Sさんの右の鎖骨あたりに卵大の腫れがある。
ここに来た3か月前はビー玉大だった。
はっきりと目に見える腫瘍。こんなに大きくなっている。
そして、頭痛の訴えは。
脳に転移しているか、脳に水がたまっているか。
背中をさする。
「痛いのです・・・頭が・・あと、右肩が・・。
どうしたら、いいですかね・・。」

看護師に相談して痛みどめを出してもらうか・・
ただ、痛みどめは、血圧を下げてしまうから
その前に体温と血圧をはかり~等々を考えながら
Sさんの背中をさする。
「辛そうですね。」
「ああ・・私は、もうすぐ死ぬのはわかっているのですが。
この辛いのをどうしたらいいのか・・・。」
Sさんは力なく笑う。
「私たちもSさんの痛みをとりたいと頑張ります。
まずは看護師に相談してきます。
あと、3時のおやつにSさんが好きな芋羊羹がでてます。持ってきますね。」
「ああ・・・ありがとう・・」
ゆっくりとSさんをベッドに横にする。
ベッドの枕脇には、Sさんの息子さんからの手紙がおいてある。
手紙というより、文書。A4のワープロ書きの文書、12枚にわたる。
Sさんは・・・これをまだ読んでいるのか。

Sさんは、3か月前にここに来た。
とてもとても、頑固で人の話を聞かないおじいさんだった。
一方的にわがままを言い、それが通らないと声を荒げて怒っていた。
ここのご飯はまずい。もっとうまいもの出せ。
その言いぐさはなんだ。ばかやろう!言い返すな!・・等々
皆怖がってケアが大変だった。
ある日、Sさんの枕元にA4の厚い文書を見つけた。
「Sさん、これは・・?」恐る恐る聞くと
「息子から入院前にもらったものだ。ほら!」と私に投げてよこした。
「読んでいいんですか?」聞くと
「好きにすればいい!」Sさんは言い捨てた。

それは、お父さんへ~で始まる息子さんからの文書。
”あなたのこの先の人生に私は一切かかわりません。
あなたは好きに生きればいいのです。ここにその理由を書きます。”
私は読んでいて声をあげそうになった。
すごいな、これは。

”私が小学4年生の時、あなたは、私が真剣にいじめられていることに
悩んでいるのに、何もしてくれなかった。それどころか
いじめられる私が悪いと、私を殴りましたね。
その時に私はなんて冷たい父親なんだろうと初めて思いました。
それから、私が6年生の時、覚えていますか?あなたは
一方的に母に怒鳴り私の目の前で母を殴りましたね
そして止めに入った姉と私も殴った。あの時から
この人のようにはならないと誓いました。”
それから、それから・・・えんえんと息子さんの独白は続いていた。
父親の横暴。そして父が退職してから年金以外の全財産を
だまされたこと。止めたのに「俺の金だ!好きに使って何が悪い!」と
全然聞く耳持たなかったこと。
”このように、私の人生はあなたに振り回されてばかりでした。
具合が悪くなったからと言って、手のひらを返したように
私に頼られても、謝りもしないあなたに関わりたくありません。
お望み通り好きに生きてください”
そう結ばれていた。
たぶん事実なんだろうな、ここに書かれているのは。
そう思わせる、とつとつとした文章だった。
息子さんにとってみれば、書かずにいられなかったのだろう。

Sさんは、これをどんな気持ちで読んだのか。
どんな気持ちでこの文書を枕元においているのか。
私には想像ができなかった。

しかし、Sさんの病状は甘いものではなかった。
一日一日とADL(身体能力)は落ちていった。
来た当初は歩いていたのが、足に力が入らなくなり
その一週間後にはまったく歩けなくなった。
今では立つのもやっと。足のむくみが急激に悪化したためだ。
食事の摂取量も激減している。
腫瘍が食道を邪魔しているのか、むせこみ飲み込みも悪化している。
トイレにも全く行けなくなり、失禁が続きおむつで対応。
一か月後には着替えも自分でできなくなった。
リンパの腫瘍が育ち、右手が上がらなくなったためだ。
右手と右足がパンパンにむくみ腫れ上がってきて
一か月で靴がMサイズから5Lになった。
体内の水の排出がうまく機能していない証拠だ。
そのうち・・近いうちにむくみ上がった手足から
汗のようにじわじわと水がしみだしてくるだろう。
そうしたら、尿取りパットを手足に巻かなくてはならない。
そして、もうすぐペインコントロールに入るはずだ。
痛みどめという名前の麻薬。麻薬でしか収まらない痛み。
以前のターミナルケアで経験しているからわかる。
普通の人が過ごす一日の間
この方は猛スピードで老いていっている。そんな感じだ。
ADLの落ち方と比例して、Sさんは怒鳴ることがなくなった。
怒鳴る体力も気力もなくなってきた。
はぁはぁと荒い息をして、痛みをこらえ
おむつ替えをしてもお茶を飲ませても
「すまんね・・迷惑かけてるね・・」と
小さな声で言うようになった。

その間、私たちとケアマネは再三息子さんと連絡をとった。
「お父様が悪化しています。お父様とお会いにならなくても
話さなくてはならないことがあります。
一度お会いしたいのですが・・。」
ターミナルについては、ご家族と話さなくてはならないことがある。
私たちも必死に息子さんと話をしたがいい返事はなかった。

けれど。
ある日突然、なんの連絡もなく。
その息子さんはここに来た。
「おやじに会いたいのですが・・・」

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2013.10.29 19:28|no-title
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毒母

2013.10.28 11:21|雑感
なんだかやるせないのでここにぶつける。
利用者さんのJさん、前に記事に書いた方(2013.9.17)の話。

ある日、Jさんは満面の笑みで私に話しかけてきた。
「miraさん~私、本当に生きていてよかった!」
「いいことがあったの?」
内容はわかっていても知らないふりをして聞く。
「息子とまた来週デートなの!」

Jさんは前の夫との間に一人息子がいた。
離婚する際に手放した・・・親権を夫側が持つことが
離婚の条件だったらしい。その家の跡取り息子はおいていけと。
Jさんは、その時、別の男性と恋愛しており
なんとしてでも夫と別れたかったそうだ。
5歳の息子をおいて、Jさんは家を出た。
そして次の夫との間に娘が三人できた。

施設で暮らす身になって、Jさんはあちこちの親戚に
連絡を取り、この息子を探していた。
3か月かかり、ようやく息子の住所がわかった。
Jさんはこの息子に手紙を書いた。
「あなたが私のことを恨んでも仕方ないです。
罵られても当然だと思っています。
私はあなたを捨てたようなものです。
それでも、一度でいいから、あなたに会いたい。
私の中のあなたはあの、43年前の5歳のまま。
許してくれるなら、一度でいいからあなたの顔が見たい。」
なかなか感動的な内容だった。
そして、息子さんがうちの施設に会いに来た。
突然の訪問にJさんは狂喜乱舞。
息子さんはJさんを恨んでも憎んでもいなかった。
「僕もずっとお母さんを探していたんです。
手紙をもらって、本当にうれしいです!。
ずっと父親に育てられたから、”おかあさん”と
呼べる人に会えるなんて、本当にうれしいです!」
43年ぶりに二人は会って、抱き合って泣いて、笑って。
なかなか感動的な再会だった。

こう書くと、ただの感動的な美しい話なのだろうけど。

Jさんは浮かれてこの話を面会に来た自分の娘(次女)に話した。
「あんたの知らない、私の息子に会ったんだよ!
とても優しくていい男でね。まだ、独身で!
そして私を許してくれて、これからも会いに来てくれるって!」
Jさんはべらべらとしゃべる。次女さんはどんどん顔が青ざめていく
「なんで今頃・・」そういうと、ゆっくりと次女さんは倒れていった。
どーん!という音とはぁあ!はぁあ!はぁあ!と荒く早い呼吸。
「看護師をはやく!」私は大声を上げた。
これは、たぶん、過呼吸。だとしたら、精神的な・・。
「血圧が200超えてる、すぐに安静に!」
看護師指示のもと静養室へ車いすで運んだ。
このドタバタしている間、Jさんは椅子に座ってそれをぼんやりとみていた。
「また発作か。すぐに収まるわよ。」
Jさんは煙草に火をつけた。「はぁぁぁ。めんどくさい。」


Jさんの蓄えが底を尽きかけている。
年金もかけてなかったJさんは収入がない。
ここの施設の支払いをあと2か月したら貯金はなくなる。
(Jさん、次女さん、ケアマネ、私たち数人がその貯金額を
把握している。施設の支払いに直結するからだ。
Jさんは私たちが貯金額を把握していることを知らない)
生活保護の申請も時間がかかっている。
娘さんたちも生活が裕福ではなく、Jさんの施設費用を
三人合わせても全額は出せない。
だから、Jさんは自分の息子を探していた。
お金がいるのだ。
そして、あわよくば。
ここを出て息子と暮らしたいと考えている。
お金がなく、口うるさい娘たちよりも
43年ぶりに会った、優しい息子と・・・。

静養室で少し横になり、次女さんは落ち着いた。
ぼっとした表情で「すいません、ご迷惑かけました・・」という。
「血圧正常になりましたよ・・大丈夫ですか?」そういうと
少し間があって、涙声になった。
「母親は自分のことしか、考えてないんですね。」
次女さんは自分の母親に息子がいることを知らなかったそうだ。
「これで生活保護の申請がまた難しくなるのに・・・」
お金が無いなりに、次女さんは必死に母親を支えようとしていた。
裏切られた。そう思っているに違いない。
体調が回復したあと、次女さんはJさんに会わずに帰った。


Jさんはこの頃毎日とても明るく楽しそうに暮らしている。
毎週日曜日にはその息子さんが施設に面会に来て二人で出かけている。
食事制限が必要なJさんなのに息子さんと外食をして
血糖値やら血圧やらがすごい数値になってしまい。
職員や看護師がきつく制していても全然聞く耳を持たない。
「息子はうるさいこと言わないもの。
本当に生きていてよかった!最高にしあわせ。」


「毒母っていうんですか?今、流行っているそうですね。」
ケアマネは言う。
「JさんはBPDだから~・・なんというか、
一種の精神的病気だから仕方ないんですかね。」
そういわれると、なんだかすごく、こたえる。やるせない。
BPDだから・・仕方ない・・・
対人関係障害。
このような言動をしたら相手がどう思うかを
想像できない病気だから、仕方ない・・・

長年Jさんをなんとか支えていた
娘さんたちにとっては
仕方ないって思えるんだろうか。





間際の準備

2013.10.19 22:23|雑感
生活相談員っていう仕事は
利用者さんのご家族との対応が多い。

先日対応したある利用者さんのお嫁さんは涙ぐんでいた。
「親戚から・・特におばあさんの娘さんから
”あんたのせいで母は認知症になった、そのうえ
家族でみないで施設に預けている”って責められました。
でも、これ以上あのおばあさんを家でみられない・・。
わかってくれないんです・・。」

この手の話はすごく多い。
実情をわかっていない親戚が、わけのわからない感情論を
容赦なく当事者にぶつけてくる。
ひどい話だ。
そんなに言うなら、自分であの重度の認知症のおばあさんを家で
介護してみればいいんだ。本気でそう思う。
金は出さない、口は出す。最悪のパターンだ。

あのおばあさんは、それは娘にとっては最愛の母かもしれないが
「認知症」という精神疾患を抱えている。
家族だけでそういった方のケアをするということが
どれほど大変なことか。
優しくすればいいわけではない。
認知症に関する専門的知識と気持ちの余裕と
介護技術とある程度の医学的知識もいる。
家族だけでは、はっきり言って、かなり難しい。
自宅でみるとしても、なんらかの介護サービスを受けないと
重度の方のケアは・・家族を犠牲にしかねない。

なんでわからないんだろう。
家族を施設に預けるっていうだけで
罪悪感を持ってしまう人がいるということを。
おばあさんが認知症になってしまったということで
自分を責めてしまうという人がいることを。


認知症になるっていうのは、
人間にとって実に自然なことだという。
認知症の方は、そうでないクリアな方と比べると
痛みや苦しみの感じ方が5分の一なんだそうだ。
癌になっても通常の人と違い、
ほとんどモルヒネを使わなくても痛みを訴えないそうだ。
今は世の中、「ボケない方法」とか
「認知症にならない方法」とかが流行っているけど
そういうのが流行るっていうことは。
反対に「私の母が認知症になったのはそういう
”脳への刺激”が足りなかったからではないだろうか。」
と自分を責めたり、同居のお嫁さんを責めたりする一因にも
なっているんじゃなかろうか・・・・とも思う。
でも、そうじゃないはず、と私は思う。
ものがわからなくなってきているのは
順調にあの世への準備を重ねているわけで。
それはもしかしたら、誰にも止められないものじゃないかな、と。

今まで見送った利用者さんを振り返っても
間際に認知症が急に、ものすごく急激に進んだ方が
たくさんいる。
突然にここがどこかもわからなくなったり
昼夜わからずに誰かの名前を呼んだり、幻覚が見えたり・・・
残念ながら、こういったことが起こると
私たちは、医療的数字(血圧や脈)が正常でも覚悟をする。
近いかもしれないと。
そして・・残念ながら、その覚悟はあたることが多い。

そして、こうも思う・・・・
「ボケない、認知症にならない」のは結構なことだけど
それは同時に
「死への苦痛、恐怖をすべてクリアなまま受け入れる」
ことであり、その覚悟があるのだろうか、と。


「認知症になったのは、誰のせいでもないですよ~。」
涙ぐんでいるお嫁さんにそう言った。
「同じ食べ物を食べていても糖尿病になる人とならない人が
いるように、体質とか遺伝とかで病気はなるものですから
誰のせいでもないですよ。」
「そうですか・・。」
「それに、あのおばあさんは今、とても穏やかにこちらで
生活していらっしゃいます。
もう少し落ち着いたら、娘さんたちと面会もできると思います。
ご自分を責めないでくださいね。
お嫁さんは・・いままで・・・本当に・・よくやっていたと思います。」

ありがとうございます・・・
そう、うつむきながら言って、そのお嫁さんは帰って行った。

自分の祖母を思い出す。
重度の認知症で自分の家がわからなくなり徘徊し
2か月後に5キロ離れた河原で変死体で発見された祖母。
家での扱いがひどいから、帰らずに外をさまよったのだろうと
散々近所や親戚から言われ続けた。

あの時から認知症に対する「偏見」は
変わらないんだなと・・ため息がでた・・・・。

大きいベッドと小さいベッド

2013.10.17 22:56|仕事
「昔から言うだろ?のっぽに大きいベッド、
ちびに小さいベッドを用意するのが平等なのか、
皆に同じ大きさのベッドを用意するのが平等なのか。」
昔読んだマンガにこのセリフがあって
もう、30年以上たつのに忘れられないでいる。

うちの社員さんにペラ男君がいる。私と一緒の生活相談員。
(ちなみに話し出すと止まらないのでこの名前)
このペラ男君、私とあまり歳は違わないが
介護職歴は20年以上、うちの施設で2番目に長い職歴。
介護技術はさすがだ!と思うのだけど・・・
一つ、ものすごく私が違和感を抱いているのは、
「利用者さんにわからせる介護」を徹底している。
たとえば、ある人が「一番の風呂は嫌だ」と言っても
「今日はあなたが一番の日。それが嫌なら、入浴はナシ。」
そう言って相手を脅すような説得をする。
「ここは、そういう所なの、こっちの言うことが聞けないなら
入浴はないよ。わかった?わかったなら、入るよ!」
そう強くいうと、利用者さんを連れて行く。

だから、トラブルも多くなってしまう。
「男の人の入浴介助はいや!いや!」と叫んでいる利用者さんに
「今日は僕が担当なの!みんな嫌でもそうやっているから
あなたも我慢しなさい。!今日は僕が入浴の担当なんだから!」と
言い合いになってしまい。
「ぎゃあああああああああ!!こないでぇぇぇぇぇ!!
男はいやぁぁぁぁぁ~!」と利用者さん、大混乱。
急いでペラ男君を洗い場から引きづって出したのだけど
「俺は、あの利用者さんが安全な体勢になるのを確認しなければ!!」
と興奮治まらない。「はなせ!miraさん!はなせ!俺は今日入浴介助
なんだから!利用者さんの安全を確認しないと!!」
「あなたが、危険人物なの!!あなたが利用者さんにとって危険なの!」
そう言うとしぶしぶ、そこを去って、入浴担当を変更したのだけど。
利用者さんは落ち着いたけど
ペラ男君は落ち着かず、休憩室で私の悪口を散々言っていたそうだ。
「miraさんは何もわかっちゃいない!俺は悪くない!」

そしてまた、トラブル。
歌を歌うレクリエーションの最中にある利用者さんが
「うるさい!歌をやめろ!」と大声を出した。
この方はとても神経質な方でまた神経系の病をいくつかお持ちで
音にとても敏感な方。
「うるさいと思われたら、自室で休養してくださいね~」と
ペラ男君は対応した。教科書通りの対応。
でもその利用者さんは耳をふさいだまま「うるさい!」と叫んでいた。
「部屋は寒い。ここにいたい。歌をやめろ!うるさい!」
そう利用者さんが叫んだと同時にペラ男君、この方の車いすを無理矢理に
動かしてディホールの外に出した。
それはそれは大騒ぎ。「なにすんだ!」
「そっちこそ、なに叫んでるんだよ!」
「やめろ~!やめろ~!」
「ここはレクをやる人の場所。レクがうるさいなら出ていけ!」
それでこの方、キレた。
車いすで暴走し始め、施設の外に出て走って行ってしまった・・・。
(捜索して2時間後、3キロほど離れた自宅に帰っていたことがわかった。
電気もガスも止められていた自宅に)

私はその時外出していた。帰ってきてすぐにペラ男君が私を呼び止めた。
「俺は、悪くない!誰だって、レクの空気を邪魔したら同じようにする!」
「ペラ男君は、あの方の疾患、わかっているんだよね。。。。」
「ただの神経質なおばあさんだよ。うるさければ自室に帰ればいいんだ!」
「でも自室は寒いと・・。」
「じゃ、miraさんはほかの人があのばあさんが怖いなーと思いながら
びくびくした空気の中レクをやれと?!なんであのばあさんの
ご機嫌をとらなくちゃいけないんだ!あの人の顔色みてレクをやれと?」
私は興奮しているペラ男君をまじまじと見つめた。
「もし、ペラ男君の対応が正しいとしても。トラブルは起こってしまった。
このトラブルの再発防止については、どう思うの?」
ペラ男君は笑った。
「あの利用者さんが、あの何もない自宅で反省するでしょうよ。
逆らわなきゃよかったって。それで
ここはそういう施設なんだってわかるでしょうよ。
そうしたら、あんなトラブル起きない。」ペラ男君はドヤ顔で言い切った。

「あの方はね。”うるさかったですか?じゃ、
少し後ろのほうへ移動しますか?少し風に当たりに廊下に出ますか?
そういうと、大体落ち着くんだよ。」
そういうと、ペラ男君はこっちをにらんだ。
「じゃ、嫌な気分になったほかの人の気持ちはどうなるの?!
あの人一人のせいでみんなが嫌な空気になった。だから、あの人にも
いやな気分になってもらわなきゃ、平等じゃない!
なんであの人のご機嫌とらなくちゃいけないんだよ!」

平等ですか・・・。

「この人には優しくいわないとダメ。この人は強くいってもいい。
そんな言い方の違い、おかしくないですか。
そんなの平等じゃない。みんな同じようにきっちり
揺るがなく強い対応じゃないと。ここはそういう施設なんだと
わからせてやらないと。」

ペラ男君には、私の言おうとしたことが全く通じそうもなかった。
だから全く、全然、違うアプローチをした。
「あのさ、あの利用者さん、介護度●.通所介護利用は週●日
訪問介護利用週●日。もう、戻ってこないと仮定して。
通所介護利用の単位●●カケル約●回分、
訪問介護利用の単位××カケル●回
その9割額がキャンセルとなるわけで・・。
損害を計算してあげようか。結構な額だと思うけど。
それがもし、ペラ男君による損害だとして、
給料から引かれたらどうする?」

ペラ男君は黙った。
「俺は間違ってない」とも言わなかった。
こんな理論なら通じるんだ。
介護職歴が私よりずっと長いんだから
言われなくてもわかるはずだろうけど。
うんざりだ。
ペラ男君にも、こんな説得をしている自分にも。

私自身はこうだ。
「のっぽさんには大きいベッド、
おちびさんには小さいベッドを用意して
寝心地がおなじぐらいよくなるのが平等」

(ちなみにこの利用者さんはめでたく今日帰ってきた。
満面の笑顔で。よかった。)

大変なんかじゃない! 2

2013.10.14 19:42|仕事
私がこの薬の仕事をするうえで最重要視したのは。
「ミスをしないシステムを作る」ということ。
20人近い利用者様、大量の薬、複雑な服薬量と回数、
一人の人間の確認だけではミスは起こるものと考えたほうがいい。
何人もの人が何回もチェックする流れを作り上げたかった。

その日の午後、私は大量の薬の袋をもちこんで
会議室の閉じこもった。
利用者様別になっている薬の袋。
開けてみて・・・・驚いた。
なんだ、これは。
薬がごちゃごちゃにばらばらに入っている・・・
よくこれで、今までやってこれたものだ・・・。
あきれている暇はない。
薬の整理の仕事から始めないといけない。
なんてことだ。一からはじめないといけないのか。

それから、薬の一覧表と見比べながら揃えていく。
たとえば、●さまの薬
朝食前はK(粉)とR(粒)だとしたら、
KとRの端をホチキスで止める。これを5個用意すれば
五日分の「●さま朝食前の薬」が出来上がる。
それをジッパー付袋に「●さま朝食前」と明記して入れる。
こんな作業がえんえんとえんえんと続いた・・・。

途中家に「今日は遅くなる」と電話し。
しばらくすると、日勤の仲のいいスタッフ二人が顔を出してくれた。
「さしいれ~」とほかほかの肉まん。
時計を見ると・・え?8時?
「私たちも行事の打ち合わせあるからさ~」
「横で行事の打ち合わせさせてもらうよ~」
そういいながら、手伝ってくれる。
「ありがと。ありがと。」頭を下げると
「え~行事の打ち合わせしてるだけだよ~」
「手伝ってなんかいないんだから、お礼もいらない。」
涙がでそうだった。
しばらくして、遅番のスタッフが「あがったよ~」と顔をだす。
遅番が終わるのだから、9時半か・・
「さしいれ~」とマドレーヌと温かいお茶。
「私も女子会混ぜてくださ~い」とニコニコして言う。
「遅いから、早く帰ったほうが・・」そう私が言っても
「こんな女子会、参加しないと損だもの。私、明日も遅番だし。」
そういいながら、てきぱきと手を動かしてくれる。
「ありがと。ありがと。」

ぜったいに大変なんて言わないけど。
「ありがと」だけは何度でも言いたくなる・・・

薬がきれいに利用者様別服薬時間別に仕分けされ
その次の日の配薬がおわり。
薬袋一つ一つに薬名を明記し。
薬の担当者はなーすであることには変わらないので、
最終確認はなーすがきっちりできるように、
なーす用のチェック表も作り。
そして、服薬介助する介護士もチェックできるような
介護士用のチェック表も作り。
(なーすが薬の管理者であることには変わらない。
もし、これで介護士が配薬ミスを犯したとしても、
すべてなーすの責任となる)

それらすべてを終えた時には夜の12時をとうに超えていた。
そこまで、この同僚たちは笑いながらしゃべりながら
最後まで付き合ってくれた。
涙が出そうだった。
「ありがと。」
「たのしかったね~!」
「ありがと。」
「また女子会呼んで~!」

私は同僚に恵まれたよ・・・。


さて、感傷的になるのもここまでで。

薬は毎日のこと、配薬は毎日あるわけで。
それを一気に十日分ぐらいできるような流れを
作らなくてはならない。
そのためには、たくさんの薬を入れる袋を準備して
誰が見てもわかるようにしなければならない。
まだまだやることはいっぱいある。
ここ二日は朝5時半に家を出て6時ごろ職場へ行っていた。
生活相談員としての仕事もある。


♪走る街をみおろして のんびり雲が泳いでく
誰にも言えないことは どうすりゃいいの?~ おしえて♪
口ずさみながら、運転している。
どうすりゃいいの・・・?
たぶん 
無理矢理飲み込んで、せき込んで、涙ちょちょぎれて。
自分の栄養にするしかない。
それができれば。

大変なんかじゃない。
大きく深呼吸。
「大変なんかじゃないぞぉ!」

大変なんかじゃない! 1

2013.10.14 19:06|仕事
「明日が地球最後の日だったら、
あなたはなんの曲を聴きますか?」っていう質問が
昔ラジオでやっていた。
たくさんのリスナーからのメール、
ほとんどがバラードばかりだったように記憶している。
それでも、「もう、こうなったら、りんだ!りんだ!りんだぁ!!
と絶叫しながら、みなで踊りながら最期を!」
という、メールには、思わずうなずいてしまった。
(こう答えたのは、某有名ミュージシャン)
それもいいかも。しっとりしてても仕方ないかも。
私は、「風になりたい」と「歩いて帰ろう」かな・・・。
このごろは、衝動買いした某CDを帰り道ガンガン聞き
「きょうは~あるいて~かえろう!」
口ずさみながら運転している。


おたんこなーすの配薬のミスが治らない。
あれほど会議で指摘されても改善しようとしない。
そして、この前の会議でのあの全く反省してない態度を見ると
このまま、ずっとミスは続く。ずっと、何も変わらずに。
そして、恐ろしいことに犠牲になるのは利用者様。
それが、もう、私自身許せなくなってきた。


「このままでは、何も変わりません。」
直の上司のRさんと社長が話しているところに
意を決して話を持ちかけた。
「あのおたんこなーすの配薬ミスが全く減りません。
下痢している人に下剤を入れたり!命にかかわります!
もう、あの人に配薬をさせたくないのですが!」
Rさんは振り向いて、笑った。
「あらやだ。私、同じこと社長と話してたの!」
「そうだな・・・。俺からもなーすたちと話すから。」
社長が笑う。うちの社長は、困ると笑う・・・。

決断は、それでも早かった。すぐ、翌日に
私は社長から呼び出された。
「miraさん、別のなーすとmiraさんでやってくれないか?」
「私??!!」
青天の霹靂。突然のことに大パニック。
私が?なんで?生半可な薬の知識しかない。
生半可が一番やばいのはわかる。
「えっと・・どうして、私なんでしょう?」そう聞くと
「miraさんが一番暇かなと。あー冗談だよ。」社長は笑う。
「miraさんがやってくれるのが一番いい。そう判断した。」

その、もう一人のなーすは。
持病で少々目が悪く、しかも、「言われたことしかやらない」人
できるだけ仕事をしないようにして椅子に座って利用者さんたちと
笑ってしゃべっているタイプだ。
そして、このなーすは
「私は少し目も悪く、薬の知識はほとんどないので配薬は
できません。社長に言ってあります。許可もらっています。
だから、今までだって、おたんこなーすに薬は全部まかせてきたの。」
そう断言してきた。
「私は配薬の担当者という名前だけ。だって、できないもの。」

おたんこなーすに「利用者様別配薬の一覧表を作って」と言ったのだか
「あ、あ、うん、わかった。」と言いながら
全然作る気配がない。仕事を取り上げられて・・
もしかしたら、私たちを憎んで恨んでいるのかもしれない。
でも、こちらはそれどころではない。
怒ったRさんが薬情の一覧票を
おたんこなーすから取り上げて、配薬表を作ってくれた。
誰がいつ何の薬をどれぐらい飲んでいるか、の表だ。
これをもとに薬を分けるのが配薬という仕事、のはず。

その日、配薬の仕事を取り上げられた日。
おたんこなーすは妙に浮かれていた。
社長の奥さんに笑いながら、楽しそうに言ったそうだ。
「やればわかるわ。薬の仕事って、すっごく大変なんだから。」
いままでミスが続いているって私のこと責めたわね?
やればわかるわよ。大変なのが。
せいぜい頑張ってね。泣きついてきたら、手伝ってもいいわ。
そういうところか。

この話を聞いて一つだけ決めた。
絶対に、大変だって言うものか!!

仙人さんのこと

2013.10.06 22:07|仕事
Gさんのことを書いてみる。
この前(7月12日)の記事に書いた仙人さんだ。
Gさんは、体のどこにも不調はないのに介護度4という、
かなりの認知症の方だ。

どのくらいの認知症かというと。
家族全員の顔、名前は全くわからない。
もちろん、親戚、知人もわからない。
食事がわからない。ふらふら~と歩き回り
手に取ったものを口にしていたから
座って何かをじっくり食べるということがわからない。
排泄もわからない。したい気持ちはわかるが
ふらふら~と庭に出て適当に済ませていたからトイレがわからない。
時間も気温もわからない。
外が真っ暗でも眠れないのだから昼だと思い
大声で楽しそうに歌っていたりする。
自分が暑いのか寒いのかも分からないので
季節に合わないとんでもない服を着ても全然平気。
汗がだらだら流れても、寒さで手がかじかんでも
その感覚の意味が分からない。

Gさんはいつもいつもへらへら~はっはっはっは~
少し笑いながら、施設の中をぶらぶら徘徊している。
♪おて~てつな~いで~の~み~ちをゆ~け~ば~♪
そう歌いながら。
そして、興味を引いたものを手に取ってぶつぶつ言って
はっはっはっは~と笑っている。
ただし、こちらの思い通りにしようとすると激しく怒る。
無理に入浴させたり、トイレに行かせたりすると
「なんだよこの!やめろよ!」と手を振り回すので
Gさんの機嫌を損ねないように、歌を歌ったりしながら
ケアを進めている。

某大企業に勤めている息子さんが何度か施設に来た。
「父は俺が何か言うとすごく抵抗するので
放っておいたら、何もかもわからなくなりました・・」
今年の1月、このGさんの奥様が自宅で亡くなった。
Gさんはそれに全く気が付かなかった・・・
離れて暮らしていた息子さんが訪れて発見したのだった。
息子さんはそのことをとても気にしていた。
・・私たちの目を。
”そんなになるまで父親を放っておいたの?”という
対外的な目を気にしている様子だった。
「実は、今、俺はあんまりお金がありません。
一番安い部屋で、一番金がかからない方法でお願いします。」
え?あんな、一流企業に勤めてて??
「俺の金は俺の金ですから。父に使いたくないんです。」
あまりのはっきりした態度にこちらが言葉をなくす。
「ここに父がいることは誰にも言ってません。できるだけ
誰にも言わないでください、お願いします。」

つまり。
一流企業にお勤めの息子さんにとっては、
この”激しくものがわからなくなった”父親の存在が「恥」らしかった。
もちろん、そう思うまではいろいろな歴史があるのだろうから
私たちは何も言わないが。
Gさんが何も感じないのが幸いだと思う。

ある日突然にこのGさんの「甥」だという人が面会に来た。
「こちらにGさんがいますか?ぜひ会いたいのですが!」
私たちは、躊躇した。
キーパーソンである息子さんから
「できるだけ誰にも会わせないでほしい」と言われていたから。
その甥御さんは熱心だった。
「息子さんに何度も何度も聞いて。ようやくここだと聞いたんです。
お願いします、お願いします、Gさんに会わせてください!」
社長と相談し、息子さんにも連絡し承諾を得て
会っていただくことになった。
「ただ、Gさんは、あなたのことをわからないかもしれません。」
そういうと、その甥御さんは笑って
「そうでしょう、たぶん。わかってます。
顔が見られればそれでいいんです。」

Gさんはその時、自由に徘徊して疲れて、
廊下に勝手にビニールシートを広げて寝ていた。
「おじさん、おじさん!」甥御さんは駆け寄った。
Gさんはめんどくさそうに甥御さんを見て
「なんだよ、眠いんだよ。あっち行けよ。」
「わかったよ。ひげもそって、清潔な服着て、爪も切って
少し太って、おじさん、よかったよ、よかったよ。」
甥御さんは涙声だった。
「うるせーな。」
Gさんは、ひじ枕をしてしかめ面をしながら目を閉じた。

「ありがとうございます。」甥御さんは私に頭を下げた。
「いえ、そんな、あの・・」
甥御さんは涙声で続けた。
「すごくいいおじさんでした。本当にいいおじさんでした。
小さい時から会うたびに声かけてくれて、可愛がってくれて。
あの息子がおじさんのことを見捨ててから、
おじさんがひどくなってしまって。
おじさんが不法侵入で警察沙汰になるたびに私が対応してました。
息子は・・”俺には関係ない”って・・。
施設に入って本当によかった。
あんな穏やかで人間らしいおじさんを見ることができて・・・。」

「これからもよろしくお願いします。」
そう頭を下げて、この甥御さんは去って行った。

しばらくして、Gさんが起き上がった。
「甥御さんに会えてよかったですね。」そういうと
「はぁ?なんだぁ?」Gさんは私を不思議そうに見た。
「Gさんはいいおじさんだったそうですね~」
「はっはっはっは~そうか?いいおじさんか?
そいつはいいな~はっはっはっは~」

♪おて~てつな~いで~の~み~ちをゆ~け~ば~♪
機嫌よく歌いながら徘徊しているGさんの姿が
すこし違って見えた。

暖簾に腕押しの話

2013.10.03 22:04|仕事
今回はきっと「書いてはいけない日」なのに
「高ぶる気持ちの整理がつかず、書いちゃうぞ」の記事。
不快になりたくない方は、読むのをおすすめできませぬ。

今日は休日だったのだけど、緊急会議で緊急招集かかった。
え?私にまで?と思ったのだけど
「生活相談員全員、看護師全員、リーダー、社長」のメンツ。
2時からの会議に出席すると議題は
「利用者様から看護師の薬の管理がずさんだとのクレームが来た」
うっひゃー・・・・やばいよ、これは、やばい。
看護師たちも穏やかではないだろうけど、
私たち生活相談員は、利用者様とご家族の相談窓口、
クレーム処理係なんだぞぉ・・状況説明はこっちの仕事なんだぞ・・。

非常に薬に神経質な、N様の配薬を、おたんこなーすが間違えた。
寝る前に下剤が1錠、腎臓系の薬が1錠なのに
下剤2錠だけ渡してしまった、とのこと。
それも、二日続けて。なんてこった。
N様は、とてもクリアな方なのでそれに気づき、
「私は自分で薬の管理をするわよ!!」と激怒。
「どうして二回も同じ間違いするの?腎臓の薬は大切なのよ!」
正論である。社長が平謝りしたそうだ。
「もし、気が付かなかったら、どうなってたと思うのよ!」
怒りは収まらない。N様はこの施設を出ると言い出した。

というわけで、薬の管理をどうするか、との議題。
結論では、N様の薬はN様ご自身で管理してもらい
看護師、介護士でチェック確認するという方法をとることに。
この方法でN様が納得するかどうか、
ケアマネさんと生活相談員との間で会議がもたれることとなる。
はぁ・・・・。
それにしても、配薬ミスが多すぎる、との指摘が出た。
それもすべて、おたんこなーすが担当の時だけ、ミスが格段に多い。
「この薬、●さまの?×さまの薬に似てるけど」そう言うと
「あ、ほんとだ~ごっめーん。間違えた」で笑っている。
私に謝らずに利用者様に謝れよ、といつも思う。
こんな調子なので、介護士はみな、おたんこなーすを全然信頼してない。
誰に何時にどの薬をどんな状態で渡すのか(オブラートとか、水に溶かすとか)
医者とほかの看護師を交えてチェックするようにしてる。
それでもチェック漏れが出て、今回のミスにつながり
大クレームがきてしまった・・・。

この会議の間中、出席者皆から、おたんこなーす名指しで
「薬の管理、配薬のミスをなくしてほしい!
ミスをなくす努力が何も見られない!」との
日頃思っている率直な意見がずばずばずば~っと出た。
特に現場リーダーと相談員リーダーからは興奮した様子で
次から次へと今までのおたんこなーすのミスが列挙された。
これは、かなり、きつい状況だな・・・と思い
もしかしたら、泣いているかなと思って
おたんこなーすのほうを見ると。彼女は。

寝てた。
うつむきボールペンを握って何かを書くふりをしながら。
自分のことを話すためにこれだけの人が緊急に集まったという
自覚が全くない様子。

暖簾に腕押しってこのことなのね。
どうしたらいいのか、もう、わからない。
この人のミスはなくならないだろうな。
だって、何も感じないのだもの。

この話はまだ続く。
会議が終わった後、相談員リーダーのRさんに呼び止められた。
「おたんこなーすがね、miraさんにひどいこと言われたって
すごく気にしてたの。miraさん、おたんこなーすに”自分の仕事を
きちんとしてから人の仕事に口出しして”って言ったんだって?」
その状況を思い出す・・・あ~あ・・そんなことが・・・
「Rさん、違うのよ、それ言ったの、Hちゃんだわ。私じゃないわ。」
「でもおたんこなーすは、miraさんが言ったって、気にしてた。」

二つの思いが一気にこみあげてくる。
1.なんでも思ったことをストレートに話すHちゃんだよ、それ。
 でも、いいや、私だって、同じこと思ってたし!
2.そんなこと気にして”傷ついた”とか言っている暇があるのなら
 ミスのない仕事を!自分のせいで大クレームが起きている事実を
 真摯に受け止めてほしい!

次の日、私はおたんこなーすを呼び出した。
彼女はビビッていた様子。こちらは腹が据わっている。
へぇ。利用者様からのクレームより、緊急の会議より
私の呼び出しのほうが怖いと見える。
「あのさ、私はね。自分が”問題のある人格”であることを知ってるし。
周りの人を傷つけて回るのが非常に得意だし。
人の気持ちを思いやれない人間なのも、よく知っているからね。」
おたんこなーすの目をしっかりと見据えた。
「今まで、あんたのせいで傷ついたっていろんな人から言われてるから。
慣れてるわけ。そう言われるのに。だからね。お願いだからね。
私の言動で傷ついたなら、私に直接言ってほしい。
Rさんやほかの人をそんなことで悩ませたくないから。」
そこまで一気に言った。
おたんこなーすはいきなりうつむき
涙を流し始め、ティッシュでふき始めた。
「・・・ごめん・・・」

「私に謝る必要なんてない。」

利用者様に謝ってよ。
ミスをしてすいません、ミスをしないように努力しますって。
なんで今、涙を流す?

悲しくなる。
過去にこのおたんこなーすのミスが発端で
病状が悪化してしまった利用者様が私には忘れられない。
あの時だって、あなたは謝らなかったのに。

利用者様に謝ってよ。。。。。

「私は幸せ」

2013.10.02 22:33|雑感
いつもなんだか辛気臭い記事が続いている。
まぁ、接している利用者さんのことばかり
書いているから、仕方ないのかもしれないけど。
当たり前だけど、人生の大先輩から
一人ひとり全然ちがう歴史やら物語やらを聞かされ
私の中で、”書き留めておきたいな”と思うことが多い。
この仕事の特権かもしれない、ありがたいと思う。

そうだな・・・
これが、この仕事の一番の魅力かもしれない。
どこぞの介護職のCMみたいに「ありがとう」って
言われることは・・・めったに、ほとんどないけれど
(私たちは「ありがとう」と言われてはいけない、
と教わっている。「ありがとう」と利用者さんから言われるほど
利用者さんが介護士に気を使うことがあってはならない、という
鉄則みたいなものがあるから)
こちらから利用者さんに「ありがとう」ということはすごく多い。

私の大好きな利用者さんについてちょっと書く。
この方、御年、97歳。
この年齢だけで、もう、尊敬してしまうのだけど。
(自分の97歳を想像できる人っているのかしら?)
とても痩せていて、小柄で、
でもしっかりとした足取りで歩いていらっしゃる。
お風呂が大好きで、入浴の際にご自分の話をいろいろと
楽しそうに教えてくださる。

18歳で、好きでもない人のところに嫁に行った。
そこは、ある温泉旅館で、大姑、姑とそろっていた。
かなりいじめられた。朝から晩まで働いて、ケチをつけられ
子供はまだか、男の子を作れと毎日言われ。
一年後に待望の男の子が生まれ、おんぶして働いた。

ある時、湯治で大学生さんが3か月滞在した。
湯治は名目で、実際は親からお見合いを進められ
それを引き延ばすために「具合が悪い、湯治をしたい」と
言い訳をして逃げてきたのだった。

境遇が似ていた二人は、間もなく本音で話すようになり。
そして、二人は、恋に落ちてしまった。

「もう、この人だ!と思ったよ。寝ても覚めてもその人のことばかり
目の前に浮かんできて、ドキドキがとまらなくて。
旦那と二人の時でもその人のことしか頭になくて。
子供の世話もおろそかになって。バカになっちゃって。バカだね。
私のぜーんぶ持っていかれたよ。ぜーんぶ。」

明日が湯治最後の日という朝。
二人は駆け落ちした。
1歳に満たない自分の子を置き去りにして
彼とこの旅館を出た。

「あんたは、そのぐらいの恋をしたことあるかい?」
この方は、湯船につかりながら、目を輝かせて聞いてくる。
「なにもかも、子供すらもおいていこうと思うほどの
恋をしたことがあるかい?」
「・・・そこまで好きでも、勇気がないです」そういうと
「私は勇気すらも考えなかったよ。彼しかなかった。」
そう笑う。

その後の話はあまりされない。
彼とは子供ができなかった、
苦労続きで首をくくろうかと思ったけど
死ぬことが怖くてできなかった、とだけ、笑って話した。

「それがね、10年ぐらい前、90になる前かな。
突然に息子だっていう人に会ったんだよ。」
1歳に満たないぐらいで母親と別れた息子さんは
成人してからずっと母親を探していたらしい。
「その息子って名乗った人、こういったね。
”あなたは母親でもなんでもないです。
俺を捨てたんだから、母親じゃないです”
なんだろーね。母親じゃないっていうために
母親を探してたんだから、苦労したろうにねー」
息子さんもけじめがあったのかな・・・と想像した。

「いろーんなもの失った。いろーんな人からひどい目にあった。
でもね、私にはね。彼がいたんだよ。ずっと。
私は、一生をかけてもいいっていう恋に巡り合ったんだよ。
それは、幸せだと思わないかい?」
キラキラした目で私に話してくる。
「いい男だったよ・・本当にいい男だった・・・
あれ以上にいい男ないね・・・私は幸せだよ・・
あんないい男に巡り合って、添い遂げて・・・」
「そろそろ、上がりましょうか?」
湯船に入っているこの方に声をかける。
「そうだね、男にのぼせても、お湯にのぼせちゃ恥ずかしいからね。」

「自分は幸せだ」とはっきり言うには
人には言えない、言いたくないことが山のようにあるとは思うけど。
でも「幸せだ」と言い切るこの利用者さんが
私は大好きだ。
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プロフィール

mira

Author:mira
パートの介護職のへタレおばさん。
そして
ちょっぴりヲタクが自慢。
私の知識の80パーセントは
マンガからきています♪
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