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「ものすごくうるさくて」

2012.02.29 21:22|エンタ
「ものすごくうるさくて ありえないほど近い」
・・という、すごいタイトルの映画を見て参りました。

今月、インフルで休んだスタッフの代わりに
職場に出た分、急きょ今日休みとなり
「水曜だ~映画、レディスディ~ふふふ~」
とみぞれ降るの中運転して映画館へ。
今年初の映画館でございます。
映画館はいいですね~この、緊張感みたいな、感じ。

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」
という映画、原題は
”Extremely Loud and Incredibly Close”
邦題は・・いかにも!直訳って感じですな。
テレビで宣伝していたので、有名ですが
あの9・11で父親を亡くした子供が
父の残した「鍵」の謎を解きたい、と小さな冒険をする話。
(今公開中の映画なので、ネタばれしないように
慎重に感想を書きます。)

前評判では「泣いた!」とあったけど
お涙ちょうだいではなかったです。
多分、日本のテレビ局かなんかがタイアップして作ったら
泣かせよう~泣かせよう~とする演出が施されるだろうけど
そんな事はなく、一人の少年のわりと素朴な話でした。
少年が少々発達障害的なところがある設定で
自分の感情のコントロールがうまくできなくて
時々感情を大爆発させたり
「恐怖症」がいっぱいあって、「怖い」という感情を抑えるために
いつもタンバリン(!)を持っていて、
その鈴を鳴らしながら立ち向かっていくのがとても印象的。
私も結構重症な!高所恐怖症なので、タンバリン持って
高いところへ行けば大丈夫かな~・・・なんて。

一番思ったのは。
愛する人を突然に失った痛みは
一人で乗り越えるには、重すぎる。
そして
その痛みを癒すことは、愛する人を忘れてしまうことなのか・・
そう悩んで、癒すことを拒否する気持ち。
こういった
複雑な思いは、一人で抱えるには重すぎる。
そんなことでした。

うちのディに来ている利用者さん(女性)で、
つい先日一人娘さんを亡くされた方がいて。
もともと、とてもすご~く気が強くて
他の利用者さんと喧嘩をするような、姉ご肌の利用者さん。
娘さんが亡くなってから、傍目からは暴言暴行がひどくなり
他の利用者さんのちょっとした事にくってかかるようになり
ついには、手が出るようになり、
このままではディが利用できなくなる・・
とまで言われていて。
「娘さん亡くされてから、きっと辛いんじゃないでしょうか。」
と私が言ったら、周りのスタッフはみな笑っていた。
「あんなに元気でけんかっ早い人が、悲しんでいるわけないじゃん。」
そんなことないんじゃない、娘さんが自分より先に亡くなって!
などと思いつつ、なんとかいつもと変わらないように、対応していて。
それから3か月たって、
この頃はこの方も大部落ち着いていらっしゃって。
「なんであんなに荒れてたのか、自分でもおかしかったよ~」
と、この前ぽつりとおっしゃってた。
この方の痛みをきちんと見抜けなかった、未熟者です、私たち。

え~っと、この映画は、ハリウッド映画が好き、という方には
お勧めしませんが、私はなかなか楽しみました。
俳優陣は、どの方も文句なく!素晴らしいです。
(トムハンクス!サンドラブロック!マックスフォンシドー!
そしてトーマスホーン!みなよかった!)
ネット評判ほどお涙ちょうだいでもなく、わざとらしい演出もなく
終わり方も仰々しくないのが、よかったです。
(逆に、泣きたい!という方には、少々物足りないかも。)

題名の
ものすごくうるさいもの・・・が何なのか。
ありえないほど近いもの・・・が何なのか。
は宿題として、映画を見た人に残された、そんな感じでした。



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恥ずかしい、の気持ち

2012.02.28 10:12|仕事
旦那のいとこが入院しているらしい。
用事がある時に行っても、電話をしても
「○さん、いる?」と聞くと
御家族は「今はちょっと・・」しか言わない。
誰が言ってもその調子だった。
うちの姑さんが、すご~く心配して
あの、人が集まる事が好きで、
賑やかな事が好きで世話好きな○さんが、
ぜ~んぜん顔も見せないって、
どうなっているのよ、何があったのよ、とかなり
詰め寄ったらしい(そりゃそーだ)

そうしたら、そのご家族がぼそりと
「実は・・入院している。」と。
まわりに余計な心配をかけたくないから、言いたくない
という気持ちもあるらしいのだが・・
本音は
「恥ずかしい。」ということらしい。
どういうこと?と聞くと・・・
そのいとこの○さんは、町議会議員を務めていたような
地元の有名な方。かなりの資産家でもある。
そんな「立派」で「一族の誇り」のような○さんが
「”脳梗塞で半身不随で認知症”だなんて
人に言えるわけないでしょう!
人様にこんな、恥ずかしい姿を見せられるわけないでしょう!」
○さんの母親(80代)が激怒して怒鳴ったそうだ。
とりあえず、その場は去ってきたのだけど、
姑さん、かなり心配していて。
「だって、あと、1か月で退院だそうだけど、
○さんの世話をすべて家族で抱え込む気みたいだし。
誰もうちに来ないでくれ、何の手伝いも要らないから、
って凄い剣幕だし。」
うちの旦那の妹さんはケアマネをやっているので、
姑さんはそっちにも相談したらしい。
でも、その母親が親戚が来る事も拒み始めていて
「いいから、来るな!」状態に。
「うちの息子は家で看るから、余計な事するな。」と。

もともと、この○さんの母親さんは、とても気丈な方。
○さんのお嫁さんともいざこざが絶えない。
風の噂??で私の耳にも入ってくる。
この母親さんは○さんのお嫁さんにきつ~く言っているそうだ。
「旦那の面倒はすべて、あんたが看なさい。
他人の手を借りるなんて恥ずかしい事しないように。」

義妹さんはこの母親さんに
「他人の手を借りることは恥ずかしいことではない。
お嫁さんが潰れたら大変だ。」
ということを何度も何度も説得したらしいが
聞く耳持たない状態。

これは、いっそ、
赤の他人からの話の方が聞くかもしれないですね~
医者とか、看護師とか・・と姑さんに言ってみたけれど
「どうかな~医者の言うことも聞かないみたいだから。」
母親さんはずっ~と入院させて
誰にも○さんの姿が見えないように隔離したいらしいが
そうもいかない事情があるそうだし、
「第一、○さんが家にかえりたいよ~、と泣いているそうなの。」

話だけだから、どこまで本当かわからないけど
とても、大変だ。

この場合、母親さんの「恥ずかしい」という気持ちを
ちゃんと理解してあげないといけないな、と思う。
「恥ずかしいことではない」と口で言ったって多分無理。
母親さんとしては、多分、ものすご~く自慢の息子。
それが病気になって違う姿になって、ひどく動転しているのと
「世間様の目」をとても気にして、気丈に生きてきた歴史があるわけで。
人様にこの姿をさらさないのが、母親として息子の「権威」を
守っているという、使命感みたいなものがあるのかもしれない。

介護サービスって、こういう背景も理解してあげないと
うまく機能しないんじゃないかな。
じゃないと、本当に「介護という地獄」という
今流行りの言葉通りになってしまう・・・ような気がする。

う~ん、難しい。


あの日、私の3・11(13)

2012.02.27 21:07|3・11
2011年3月11日

午後11時ごろ

I市に繋がる道路に出る前に、自宅へ電話してみる。
呼び出し音が鳴る、通じる!!
「ただ今、電話に出る事ができません・・・」
留守電に繋がった。
「ねぇ、誰か出て!誰かいないの?!出て!」叫んでいる
自分の大きな声に、自分で驚いてしまう。
返事はない。
子供たちは・・・どこにいるのか。
「大丈夫、きっと、Mセンターだ。」
そう独りごとを言ってみる。
夜ごはんは食べているのか.
おなかすかせているんじゃないか。
ちゃんと誰かに助けを求めているのか。
今、不安で泣いてるんじゃないか。

とにかく、家に向かおう。

I市を走る。
ここは、大きな川に囲まれていて地盤が強いとは
思えない。道路の上下が激しい。
道路自体も斜めになっていて、車の中の荷物が滑り落ちてくる。
電柱がひどく道路側に倒れ込んでいて、
電線が車すれすれに落ちている。
停電をしていて、真っ暗な道。車も少ない。

たどりつけるんだろうか??
ひどい道だ。

だいたいの自分の場所の見当をつけ
この道でいいはずだ、多分、この道でいいはず??
なんて不安になりながら走っていると、
よく知っている大きな道路に出た。
あとは、I市からK市への橋がどうなっているか、だ。
橋は二つ、古い方が無理なら、新しい方でも通行可能なら・・
と祈るように走っていると、目の前に大きな看板、
「通行止め」の文字。
ああ・・・!!ここまで来たのに!
全身の力ががっくりと抜けながらも、
その看板のそばまで、そろり~そろり~と行くと
警察の誘導が。
「古い橋の方が通行できます、そちらへ・・」
やった、やった、なんでもいい、K市に繋がれば!!
方向を変えて古い橋へ。
何事も起きていないかのようにその橋には何の変化もなく、
いつも通りに通る事が出来た。
K市に入り、自宅へ急ぐ。
道は混んでいなかった。

自宅に着いたのは、12時ちょうどだった。
約7時間ぐらい運転していたことになる。

車を駐車場に止め、玄関に走る。
子供たちは、子供たちは!

玄関のドアに大きな張り紙があった。

「僕と妹は、Mセンターに避難します。午後8時。」

確かに、息子のきたない字。

私はそこにがっくりと座りこんだ。

よかった、よかった・・・娘と一緒か。
ちゃんと、避難していた。


とりあえず、鍵を開けて中に入り、トイレへ。
水が出ない。
お風呂の溜めていた水を使って流す。
ここも、水道が止まっているのか。

部屋を点検して、あまり被害がないことにほっとする。
幸いなことが二つ。
うちの食器棚は全部引き出し式だったので、
地震で引き出しが出ているだけで、食器はすべて無事だった。
カップボードは地震でロックされるドアだったので
これもすべて無事。
テレビも転倒防止のシートが効いていて、無事。
箪笥の上の花瓶が割れて散らばっているぐらい。

まるで地震なんかなかったみたいに、いつも通りのうちだった。
地震でロックされる、とか、転倒防止シートとか
そういうの、半信半疑だったけど、効くんだな。

さて、子供たちをMセンターへ迎えに行こう!
どうしてるかな、どうしているんだろう。

もう、日付が変わっていた。

駄食

2012.02.27 09:41|雑感
息子の合格と私の誕生日のお祝かねて
ちょっとした、高級料理店でお食事をしまして。

お正月に頑張って働いた分「正月手当」が
太っ腹な社長のポケットから出まして、
旦那もなんとか、復活、
「うまいもんでも食いに行こう!」となったので
ございますが。

海鮮のお店、いけすにあじやカワハギやカニが
うようよ~ひらひら~ちょきちょき~
家族でテンションあがりまくり!
まずはアジのなめろう、カレイのから揚げ、
なまこの酢の物、ふぐのから揚げ、
いくらどんぶり、かに、かに!
あなごとえびの天ぷら、海鮮にぎり(大トロ、ウニ!)
まぐろのくし揚げ、岩がき
そして生ビール
・・・と、普段、め~ったに食べられないものを注文しまくり
食べた、食べた!

その夜は家族幸せに寝たのですが、
今朝になって、子供たちがぽつり。
やっぱり、いつもの食事の方が、いいや・・
卵焼きとウィンナーのふりかけご飯がおいしい。
まあな。そりゃそーだ。
人間の舌って、いつもいつも食べているものが
一番美味しく感じるそうで、
それは味覚というより安心感なんだそうだけど。
「お母さんのご飯が一番。」と言われたら
いつも食べてるしね。レパートリー少なくて、ごめん。
適当だから、適当な味覚にさせてしまって、ごめん。
と思いつつ、嬉しい事は嬉しい。
まぁ、毎日海鮮を食べていたら、
あれが一番美味しいのかもしれないけど、
うちはそんな財力ないので、子供たちはす~っかり
「貧乏舌」
高級なチョコレートよりポッキーとかの方が好きだし
高いケーキより不二家のケーキが好き。

前に読んだ本で、あるとても有名で変わった作家さんが
いろいろな賞をもらい、その度にお食事会があるのだけれど
みんな、ぜ~んぶ断って、家にまっすぐ帰って、
近所のそば屋に行く話があった。
そのそば屋さんが格別美味しいわけではなくて、
作家さんいわく「駄そば」なんだそうで。
でも、毎日毎日そこのそば屋の出前を頼んで
小説書いていた癖があってそれを食べないと、気が済まない。
「人間の食事は餌みたいなもの」と書いてあって。
まぁ、そこまで極端じゃないけれど、慣れた味っていうのは
自分の中では一番になるのかも。

訪問ヘルパーという仕事をしていると
どうしても「料理」があるのだけれど、
その家の方がどんな味に慣れているのか、
ということをつかむのは意外に大変。
私が美味しいものが、利用者さんが美味しいとは限らない、
全然限らない!そこには利用者さんのなが~い歴史があるから。
この前は「鰯を生一本で。」と言われ、
絶句・・・・
(生一本とは、生醤油のみで煮てほしい、ということ)
言われたとおりに作り、
(水も酒も砂糖も何も入れない、ただ鰯を生醤油で煮るだけ)
出来上がったものを試食させてもらい、
また、絶句・・・これは・・保存食か??ってな味でした。
利用者さんは、おいしい~おいし~とおっしゃってて。

味覚って、難しいものです。

父の命日

2012.02.24 21:24|家族
明日は父の命日。

父が亡くなって、もう、4年。
早い、早すぎて「あ」も言えない、そんな感じ。

父の最期の言葉と姿は、今でも鮮明に覚えている。
その時はもう、癌のため入退院繰り返していた。
最後の入院の直前に、電話で話した。
「今までになく、辛い。」と、荒い呼吸と裏返った声で
言う父。「もう、だめかもしれない。」
「大丈夫だよ、前もそう言って、大丈夫だったじゃん。」
というと、苦しいくせに、笑っていた。
だめかもしれない・・・私も、母も、そう思っていて
父もそう思っていた。

「父が危篤」という電話を受け、朝一番の電車に乗った。
乗ったのはいいが、悪天候のため、途中駅で4時間も止まった。
ついたのは、その日の夜。
こんな風に駆けつけたのは、父を見送るためではない。
母を一人にしないためだ。
急いで病室に駆けつけると、
父は、酸素マスクをつけて顎を上げ下げして呼吸をしていた。
呼びかけると、目が少し動いた。
いや、動いたような気がしただけかもしれない。
私は、昔読んだ本の1文を思い出していた。
「彼はもう、呼吸の荒い肉体にすぎなかった。」

看護師が来て、父のオムツを変える。その手伝いをする。
アル中でさんざんまわりに迷惑をかけ
その後癌になり、具合が悪いせいか人が変わったようにおとなしくなり
母の言うことを子供のように聞いていた父。
その終幕を私は冷静に見ていた。
というより、
父がその姿を私に見せていた。

真夜中に亡くなって、バタバタと病院を去り、
というか、病院を追い出され
自宅に父を寝かせる。
朝、8時には葬儀屋が来て、打ち合わせを始めるとのことだった。
ものすごく手際がいい葬儀屋だった。
それまでの、約5時間。
私は子供と旦那を寝せて
母と二人きりで父の遺影を選ぶことにした。
コーヒーを飲みながら、横たわっている父を横目に、
写真を1枚1枚手に取り、
「この顔はちょっとらしくないね。」
「これは、孫と一緒だから上機嫌だわ。」
「これは表情が硬いわ・・」
母は涙声で鼻をすすりながら、コーヒーを飲んで。
私は、一つ一つ真剣に写真を見比べて。
「拡大するんだから、いい写真じゃないとね。」
思い出が、写真からにじみ出てくる。

今でも、この母と二人の時間が
私たちの「葬式」だったと思っている。

その後は、怒涛のごとく
大勢の方がいらして、沢山の儀式があって、
葬儀屋が取り仕切って、滞りなくすぎていき
すべてが終わった。

私は結局、一度も涙を流さなかった。
利用者さんの死にはあれほど涙を流すのに。

「無常ということ」という本にこういう話がある。
”生きている人間て言うのはどうしようもない。
何を考えているのか、何を言いだすのか分かったためしがない。
そこいくと、死んでしまった人間というのは
はっきりとしっかりとしている。まさに人間の形だ。
してみると、生きている人間とは、人間になりつつある
一種の動物かな”

今、私の中で父の姿がはっきりと見える。

インフル入ってる

2012.02.23 22:27|家族
前回のブログに
沢山のメッセージ、
ありがとうございましたm(_ _)m
あんなに沢山のお祝いを
いただき、私も息子も
幸せものです…


さてさて…
発表当日から
旦那がインフルで寝込み
そういえば、昔から
旦那は周りの空気読まない奴だったな‥
と思いつつ。


「合格したよ!」と涙声で電話しても
「ぐぇ~」と返事。
「父ちゃん、俺、受かった!!」と
息子が肩を叩いても
「ぐぉ~」
ちょっと、何か言えないのか‥?

熱は38度から下がらず、ぐたぐた。
タミフル飲んでいるのに
なかなか好転しない。
おまけに、夜中、2時とか3時とかに
「汗かいて着替えたい」とか
「喉かわいた!」とか
わざわざ言いに来る。
はぁ‥‥。
そのたびに蒸しタオル作って
清拭して、水分補給して、
どのくらい飲んだかチェックして。
って、まるで仕事じゃないか!
夜勤手当て、もらうぞ!
もしかして、君
「かまってちゃん」か?

しかし、どうして
子供がインフルだと
真面目に看病するのに
旦那だと
「えー、ちょっとぉ、
うつさないでよぉ~」
になってしまうのでしょ。

‥私だけ?
てへっ。

キセキ

2012.02.21 13:27|家族
きょうは、大切な日。
息子が先週受験した本命高校の発表日です。

私一人でこっそり発表を見に行くつもりだったけど、
息子が一緒に行く、と。
友達と一緒だと明暗別れた時、ビミョーだから。
うん、私もそう思う‥

息子が受けた本命高校は、実は隣りの県。
ここは県境なので、越境OKなのですが‥
もちろん、ハンデがあって。
高校の地元から7割、越境から3割
合格するようになっているので
つまり、越境受験生の中で、トップ3割に入らなくてはいけない。
とても、狭き門。

二人で電車に乗って、
久しぶりに息子と二人きりで話す。
最後に受けた模試が
“合格確率20%”だったから、期待してない。
この前の本番試験も
自己採点が‥合格ラインから10点ぐらい低い。
だから、
「なんで落ちたの!」って怒らないでほしい‥。
「怒るわけないでしょう!」というと、
「ほら、怒ってるじゃん!」
「怒んない!」
「怒ってるじゃん!」

‥という、訳が分からない会話をしながら、
駅到着。

駅から20分ぐらい歩く。
「受験の日、ここで滑って転んだ。」
「縁起わる~」
なんて言ってると、
道路脇から真っ黒な猫が出て来て
さぁ~と私たちを横切って行った。
「ひゃあ!黒猫が横切るって、縁起悪いって聞いたけど!!
ダメだぁ、もうダメだぁほら、あそこにクロネコヤマトもいる~!
ダメだぁ!」
息子よ、おちつけ‥

高校到着。
友達を探していると、先生が
番号のボードを裏返して持ってきた。
「ほら、きた、発表だ!」
息子を呼ぶ。
ダメかと分かっていてもやっぱり、やっぱり、
緊張する。

9時ちょうど、そのボードが返され張り出された。
息子の番号は





え?
ええ??
あった?!
あるぞ、あるぞ?
間違いない?
間違ってない!


ええ?
受かった?
受かったんだ!!

思わず、息子の背中を思いっきり叩いた。
「やった!」
「やった!」
「なんだか分からないけど、受かった!」
「なんだか分からないけど、よくやった!」

言葉がない。


帰り道、息子はすごーく上機嫌で、饒舌で。
「俺って、本当は頭よくなくない~?」
よくなくないぞ、多分。

なんで受かったのか、
正直、本当に不思議だ。
学校からも塾からも「合格は難しい」と言われ、
だからちゃんと次の受験票作成準備をしていた。
本当に!キセキはおこるもんなんだ!

もちろん、ギリギリで合格して、
入ってから、すごく苦労するかもしれない。

でも、とにかく、きょうは浮かれてもいいか!


息子よ~
おめでとう!
かあちゃん、すごく嬉しいぞ‥

森の妖精

2012.02.20 09:56|雑感
「みらさんって、いくつなんですか?」
と、よく、本当に、よ~く聞かれる。
で、歳を言うと、
「え?まじ?もっと若いかと思った。」と必ず言われる。
「いいよ~、お世辞は~」とちょっと照れて言うと
「いや、まじ、きゃぴきゃぴしてるから・・」
・・・・
ど~いう意味かと、聞いてみると
実年齢より精神年齢が、すごく幼いらしい。
職場で何かトラブルがあるとすご~くうろたえるし
(「え~と、どうしよう、え~と、おちつけ!」なんて)
マンガが大好きで流行りものもチェックしてるし
(今は「夏目友人帳」と「聖おにいさん」が好き)
まだこの歳にして「自己嫌悪」なんてものを引きずっているし
(おかげで、自己主張激しいおばさんではなさそうだ)
それから
ほいほいと軽々と施設内を歩き回り走り回るので
(この書類~めんどくさいから、後でもっていく~
と言って忘れるのが嫌なので、さっさともっていく)
歳に見られない、そうだ。

ちなみに、ネット上のみのお付き合いの方でも
私が40代と思っていなかった方が何人かいて
歳を言うと、すご~く驚かれた!
すいません・・結構、歳なんでございます。
いい加減に、自分自身をもっと制御できれば
年相応なんだろうけど。

これは、ホント、いいことなのか・・・どうか・・・
非常に、複雑ですな。

ここ数年、誕生日がくると
「いくつになったんですか~?」
「私は森の妖精だから、誕生日があっても、歳とらないのよ~」
というやりとりをしているが、去年、職場の人に
「ええ?みらさん、”森の妖怪”の間違いじゃ・・」
と言われ、
このやろ=、化けて出てやるぞ、
やっぱり、妖怪じゃないですか、
と・・・やはり、幼い精神年齢を露呈することに。

このギャグはやめておこう。
きょうまた1歳としとるんだから、
そろそろ、精神年齢も落ち着かせたい。
・・・毎年、言っているな、これも。

あの日、私の3・11(12)

2012.02.20 09:32|3・11
2011年 3月11日

午後10時ごろ

私はコンビニの駐車場に車を入れた。
そこは大混雑で、なかなかスペースを見つけられず
しばらくうろうろして、その間も次々車が入ってきた。
みんな、同じなんだな~と思うとなんだかほっとした。
なんとか端の方にまっくを止める。

エンジンを切って、ため息をついて
そこでようやく、自分が疲れていることを実感した。
考えてみれば、もう、5時間も運転している。
しかも、まだ、K市の国道に入れないでいて
職場と自宅のだいたい中間ぐらいのところにいる。

ガソリンが、満タンで、よかった・・・・

コンビニに入ってみると、そこは沢山の人が
食べ物を求めてあさっている状況だった。
カップめんとパン・弁当、惣菜の棚はきれいに何もない。
トイレを覗いたら、断水のため使用禁止。
我慢するしかない。
それでも少し何か口に入れた方がいいかな・・と思い
お煎餅と温かいお茶とカイロを持って、長蛇のレジに並んでいると
「おい!店員、食べ物はいつ入荷するんだよ!」という罵声や
「俺が先にレジだろう!お前は後から割り込んだだろう?」
「わりこんでね~よ!何言ってんだよ!」という喧嘩が聞こえてきた。
「止めて下さい!」と若い店員が言っても、聞かない。
みな、すごく、イライラしている。
すると「やめなさいよ!!静かにしなさいよ!」女の人の声。
一瞬、シーンとなる。
その後、何事もなかったように、みなレジに戻った。
すごいな、勇気あるな・・・素直に感心してしまう。
私には、できないなぁ。

車に戻り、また、電話をかけてみる。
もう、20回ぐらいかけていた。
通じるわけがないとおもっていると、
ぷるるるる~と発信音がする!え??通じる??
「も~しもし・・」
久しぶりに聞く、旦那の暢気な声。
「通じた!あたしだけど、今、どこ!?どこにいるの!?」
「△のそば、大渋滞で、道はぐちゃぐちゃ、ひでーよ。」
あ~旦那、生きてた、生きてた!
「△のそば、って割と近い、あたしは○○のコンビニ。」
「あ~そこ、前の道まっすぐ行くと、国道に行けるはずだ。」
「家には電話した?子供たちの事、なんか、わかる?」
「いや~、全然、家の電話には、つうじね~や。」
そっか・・・
「とりあえず、ここの前の道から国道に行ってみる。
また、連絡、お願い。」
「おお。」

ああ、よかった、とりあえず、旦那は無事だ。
心がふわ~と軽くなる。
この道をまっすぐ行って、国道に出よう。
帰ろう。


道は混んではいなかった。
交差点に出て、割とスムーズに国道に出る。
よかった、ようやく、帰れる!
少し走ると、前の車が詰まってきて、渋滞がわかった。
この先の国道はどうなっているんだろう?

それにしても、ひどい状況だった。
ほとんどの電柱は斜めに道路側に傾いていた。
道路は波打って、盛り上がった部分のアスファルトに
亀裂が走っていて、がっこん!と車がひどく揺れた。
低くなった部分には水がたまっていてびしゃびしゃとはねる。
歩道のアスファルトもはげ落ちて、転がっている。
街灯や店の電気が、そんな状況を照らしていた。
本当にK市は停電していないんだな。

そろりそろりと走っている。
この国道の1番大きな交差点に来て、
そのすさまじさを目の当たりにした。

工業港から流れてきたコンテナが二つ
大型の服の量販店に激突し、その店が焼けていた。
(電気系統をやられて火事になったそうだ)
その店の駐車場には、他にもコンテナが無造作に
転がっている
何トンもあるコンテナが、港から10キロ近く離れた
この店に流れてくるなんて・・・

すさまじい津波だったんだ。


次の交差点には警察の方が立っていて、
「この先は通行止め。左に曲がって。」と誘導していた。
やっぱり、進めないか・・・!
ゆっくりと左に曲がっていると旦那から電話があった。
「今、地元FM聞いているけど、やはり、国道は途中から
封鎖されているみたいだ。I市からまわって、
K市に入ったほうがいい。」
「地元FM?入らなかったけど。I市~K市の橋は?」
「大丈夫みたいだ。」
「そっちは?」
「まだ、動けないけど、I市をまわるルートをとるよ。」
「わかった。」
ラジオを地元FMに合わせる(放送が復活していたのを知らなかった)
「国道は、水が引かない為にいまだ封鎖中で・・」

警察の誘導通りに左に曲がり、
I市へ通じる道を探すことにする。
今走っている道は知らない道だ。でも、方角的にこっちの方に、
たぶん、I市に繋がる大きな道が・・
なんて思っていると、そこに突然見覚えがある建物が!
あ=、ここ、先月、就職面接して!
私を落とした、あの、高専賃(高齢者専用賃貸)じゃん!
それで、一気に、私は自分の位置を確認した。

道路全体が斜めになっていて、車内の物が滑り落ちてくる。
マンホールが異常に飛び出ている。
両脇の民家の塀が崩れ落ちている。
液状化のせいで、波打った形の民家もある。

「変わりゆく街並みをなげくなよ」と桑田さんは歌っていたけど
多分、違う意味だ。
私はいろいろなものをカメラのレンズのように目に写し
それに対する感情がまだ整理されていなかった。

余震は絶えず続いていた。
もう、揺れているのか、いないのか
気のせいなのか、道路のせいなのか
わからなくなっていた。







今月の映画

2012.02.18 19:50|エンタ
今月も・・映画館には行けそうもなく・・・
DVDを2本、借りて見ることにしました。

1本目は宮部みゆきさん原作の
「パーフェクトブルー」
D113405703.jpg

このストーリーは好きでして~
原作、何回も読みました。
高校野球、青春ど真ん中!の背景と
「パーフェクトブルー」完璧な青!
という色がなんだがぴったり合って。
話は結構複雑なところもあるんですが、
映画では、おもったよりきちんと描かれていました。
役者さん達も、まぁ、よかった!(加藤ローサ以外・・)

宮部さんの作品は、結構映画化されているのですが。
「長い長い殺人」なんかは、わりと、よかったです。
「理由」は、前評判がひどかったので、覚悟して見たのですが、
それほどひどくはなかったかな・・・
まぁ、あんなもんかな~という印象。
「模倣犯」は・・・はっきり言って、感想を書きたくないです。
(お察し下され)

で、全然違う感じのもう1本は
「英国王のスピーチ」
1008769_01.jpg

なんて言ったって!あの、アカデミー賞を取った作品だから
知名度抜群、皆さまもご存じの映画だと思います。
きつ音障害を抱えた内気なジョージ6世が、
言語療法士(ライオネル)の助けを借りて障害を克服し、
第2次世界大戦開戦にあたって国民を勇気づける見事なスピーチを披露して
人心を得るまでを描く・・・といった内容。
もちろん、私は吃音を治していくということに
非常に興味があったわけだけど(私の息子は吃音持ちなのです)
吃音そのものを矯正するのではなくて
なぜ、吃音になったか、が重要で、そこに至るまでの歴史を知る為には、
相手の信頼を得なくてはならない・・・というこのライオネルの
一貫した態度がよかったですね~~!
王と言語療法士は親友になっていく過程が見えて
まぁ、大ゲンカもするんだけど(それが、本当に凄いケンカ)
それぐらい実に対等な関係って、
王にとっては非常に貴重だったのだろうな~・・・と。

ちなみに、吃音というのは、
緊張するから吃音になるわけではないのです。
こちらからは、そう見えるけれど、違うんです。
最初の言葉が、癖で吃音になってしまい、それが、
本人にとってすごく恥ずかしくて、焦って、焦って、
そこで、緊張が始まって
余計に吃音がひどくなるのです。
映画でもヘッドホンして大音量の音楽を流して
話をさせるシーンがあったけど
(つまり、自分の声は聞こえていない状態で話す)
この状態だと吃音になりにくいのです。
自分の最初の吃音が聞こえないから、
心理的に負担が少ないため・・・と言われてます。

なので、皆さま、もし、吃音の方が
「あの、あの、き、きのう、あの、きのう、・・・」と
話しはじめたら、それを指摘したり、変な顔したり
せかしたり、真似したり、叱ったり、笑ったりしないで
「つまりは~っていうこと?」なんてその人の話を要約
してつきつけたりしないで
「何が言いたいのかわからない」なんて途中で
投げ出したりしないで
ふつ~に話を聞いてあげて下さいまし。
ふつ~にね、ふつ~に。
(息子は、いい友人たちにめぐまれたせいか
吃音はだんだんと、少しずつ、よくなってきているように見えます。)

映画は、最後がハッピーに終わるのがわかっていたので
安心して見る事が出来る作品ですね。
昔の英国の背景もなかなか、リアルで
それに
王と王妃がめちゃくちゃ仲がいいのもよかった!

来月は映画館にいけるかな・・・・

授業参観

2012.02.17 14:51|家族
昨日は娘の小学校最後の授業参観。
休みとっていきましたよ~

授業内容は道徳で「感謝の気持ちを伝える」

この時期、6年生の先生たちは
親を泣かせるために必死なのです!
息子の時は、6年間のスライドショーを観ながら
BGMでオルゴールの「こぶくろ」なんか流れて
「ここまで育ててくれてありがとうございました。」
なんてナレーションが流れてました。
涙するお母様方続出。
(スライドショーで爆睡していたのは私一人。
だって、入浴介助のあとだったんだもん)

娘の授業は教室のイスをみな片づけて
子供たちが体育座りして、こっち(教室後方)をみて。
そのど真ん中に椅子が一つ。
ここに呼ばれた保護者が座り、その目の前でその子供が
感謝の手紙を読む、という・・・・
お涙ちょうだい、泣いてちょうだい、という設定。

ひぇ=。このごろ涙腺たるみっぱなしの私(歳だな)
こりゃ~絶対、アウトだぞぉ。
多分、泣いちゃうわ、ああ~どうしよう。
1番の子から始まる。
「おかあさん、いままで育ててくれて、ありがとう。
私が小さかった時、病気がちで、
大変だったと聞きました・・・・・」
もう、周りの保護者も泣いてる。

ええ=、この演出、どうよ。

反対に冷めてくるわたし・・・そうとうヒネてます。
いやいや、自分の子の時は、泣けてくるかも。

そして、娘の番。
私、呼ばれて、そのど真ん中のイスに座って、
目の前に娘が立ち、手紙を読みはじめました。
「おかあさん、小学校生活を支えてくれてありがとう
思えば迷惑をかけました。」
はぁ?めいわく??
「風邪をひいたときはつきっきりで看病してくれました。」
ごめん、・・本当に、ごめん。してない。
仕事行っちゃった、テヘっ。
「大切なものを無くした時は一緒に探してくれました。」
ごめん、・・それは、お父さんだわ。
私、探してない、テヘっ。
「私が学校に行っている時も遊んでいる時も
家事をきちんとしてます。」
ごめん、してないぞぉ=!
全然、してないぞぉ=!!
ムスメ、どこ見ているんじゃぁ??!!
「ありがとう、これからもよろしくお願いします。」
お互い、おじぎして、終わり。

全然・・泣けなかった。

娘の手紙はつっこみどころ満載で
気がついたら、終わってました。

「ヒネたかあちゃんでごめん・・・」というと
「わかってたから。」
とつめた~いお答え。

それにしても、お涙ちょうだいの演出やめてほしい。
と思うのは、私だけでしょうか・・・

全然関係ないけど、授業参観で会った保護者の方々
何人かに
「中学校での役員受けたってね~、凄いね~」と言われました。
「はは、まぁね。」と答えたけど。
凄いって・・・
あんたたちもやれよ・・・と冷たく思うのでした。

あの日、私の3・11(11)

2012.02.17 10:27|3・11
2011年3月11日

午後9時ごろ

家に帰る道はなさそうだ。
職場に戻ろう。

子供たちの事を考え
旦那の事を考え
手が震えて、涙が出そうになる。
無事に決まっているじゃない。
私が事故でも起こしたら、大変じゃない。
「ごめんよ、仕方ないんだ!」

渋滞中から、ず~っとかけている電話。
自宅・旦那の携帯・旦那の会社
子供たちがお世話になっているかもしれないTさん家
福島の実家・兄の家・・・
すべて通じない「通話できません」の文字が出るだけ。
呼び出し音もならない。


職場への一番の近道に入る。
車は1台も通っていない、真っ暗な道。
60キロで走っていく。
この分だと、10時前には職場につくか?

実は、私は最悪な道を選んでいた。

この道は工業用港のすぐわきを通っていた。
だんだんと、港が近くなり、水の溜まりが多くなってきた。
ばっしゃ~!と水しぶきをあげながら
この辺は低いから・・・と速度を抑えて走っている。

そして、そこに車のライトに照らされた
光景が目に飛び込んできた。
「ひぃ!!」
車を止める。

道路の右わきに軽自動車が完全に横転している。
中の運転席にまだ人がいるようだ。
すこし動いたかのように見えた。
その先にはやはり右の方に
セダンがガードレールの上のがけに正面から
激突している。
中に人がいるかどうか、わからない。
その先にも車が横転している。
4台ぐらいあるようだ。

その時、私は初めて知った。
「津波だ、津波が来てたんだ!港から津波が・・・」
一人、大きな声を出して体が震えはじめた。
津波が来て、ここを走っていた車をさらったんだ。

どうしたらいいんだ。
あの車の中の人を助けなきゃ。
でも、どうやって・・・?
そこで一人途方に暮れていると
突然、後ろから強烈な灯りと
消防車と救急車の音が響いてきた。
あ、助けが来たのか・・??
私のまっくの横に消防車と救急車が止まった。
人命救助がはじまるようだった。

よかった、本当に、よかった。


これ以上、
まっくを進ませるわけにはいかない。
「できない、まっく、あんたが壊れたら私、最後だよ!」
私はまたUターンをして、走りだした。

さっきの交差点の「水が引かない」のも
津波だったんだ。津波が来ていたんだ。
ああ・・Uセンターは大丈夫だったのだろうか?
結果的には避難しなくてよかったのかもしれない。

(後でわかったこと。
Uセンターはぎりぎりで無事だった。
この津波に流された車の方も全員無事に救助された。)

どこを走ればいいのかわからない。
職場に戻る事も諦め
別の交差点から国道へ出てまた家に
帰ることを考えようとした。
大丈夫、まだまだガソリンは、ある。
それでも
今見てきた津波の現状が頭から離れなかった。
車が横転して、がけに激突している
すさまじい光景。
体の震えが止まらない。

「怖い」

近くのコンビニがこうこうと電気をつけていて
そこに吸い寄せられるように車を止めた。

少し、休みたい。休んだ方がいい、多分。

時計を見ると10時をまわっていた。

あの日、私の3・11(10)

2012.02.16 11:43|3・11
2011年3月11日

午後7時ごろ

K市とM市の境目の交差点で
私はK市の信号がついているのに驚いた。
K市では停電していなかったのだ!
安心と同時に
車の列はぴたりと止まった。
今まで、少しずつ~少しずつ動いていたのが
全く動かなくなった。
信号が赤になり、青になり、黄色になり、赤になり・・・
を繰り返していた。
ラジオのチャンネルをいじりNHKが入る。
「東北では、被害が大きく、まだ全貌が明らかになってません」
ラジオを切る。

私は自分に、まるで小さい子に言うように
ゆっくりと、はっきりと言い聞かせた。

今、ここで、これ以上、不安なニュースを聞いても
私には、何も、できない。
何も、できない。
私の精神が、おかしくなるだけ。
私が、今、やらなくちゃいけないことは、
家族の元へ、帰ること。
家族の安否を、確認すること、だ。
それ以外は、考えるな、おかしくなるな。
帰ってから、実家の心配をすればいい。
今は、焦るな。

この交差点では
左に曲がれば、より内陸のI市へ繋がる
I市からK市の自宅に帰ることもできたが、
I市~K市の間には橋を通るしかなく、
地震でその橋が通行止めになっていたら、
K市に行くことはできない。

考えた末、右に曲がり、今絶望的に混雑している
国道と平行に走っているわき道に入った。
ここを少し進んで、また途中の交差点から
国道に入ろうと思った。
脇道は混んでいなかった。途中のコンビニが
こうこうと電気をつけているのが、嬉しかった。
まるで、普通の夜みたいだ!
コンビニの駐車場はものすごい数の車があった。
電気に群がる虫のようだ。

大きな交差点に出る。
ここを曲がればさっきの国道に出るんだけど・・
そう思っていると、
やっぱり、大渋滞があった。
あ~考えることは同じよね~なんて思っていると
車が1台、また1台、1台とUターンしてすれ違って行く。
諦めたのかな?と見ていると
自転車に乗った、作業服でヘルメット姿のおじさんが
運転席の窓をたたいた。
「この先は、ダメ、ダメだよ。」
「どうしたんですか?」
「ほら、ここは一段と低くなっているだろ?水が引かないんだよ。
まだ、2メーター近くあるんだ。」
「そんなに?」
「だから、この道は通れないよ。」
「そうですか」
Uターンする。2メーターか、ひどいな、そりゃ・・

そんなに水道の貯水場から水があふれたのか?
パイプ破損がよっぽどひどかったんだな・・
私は暢気にそう思っていた。

これからどうしよう。

時計をみる。8時半を過ぎている。

どこの交差点へ行っても、きっと国道には
出られそうもない。
水がたまっているなら、無理だ。
K市への道は断たれているようだ。

職場へ戻ろう。

廊下にでも寝させてもらって、一晩過ごして
それから、状況が明らかになってから
家に帰ろう。

子供たちの事を考える。
あの子たちなら、きっと大丈夫なはずだ。
お兄ちゃんは、私よりシッカリしている。
避難場所も知っている。
娘は学校かもしれない。保護者が迎えに行けないのだから。
それでも、一人より、ずっと、いい。

職場に戻ろう、とりあえず。

私は自分に言い聞かせていた。

追悼

2012.02.15 09:40|仕事
おととい、Xさんが亡くなった。

Xさん(男性)は、去年12月から肺炎で入院していて、
2月に退院して、施設にもどってきた。
もともと肺と心臓に疾患を持っていた。

退院した姿は・・それでなくても痩せているのに
もっと一段と痩せて、骨と皮のよう。
歩くこと、いや、立ち上がる事も出来なくなっていた。
看護サマリーを皆で確認しケアマネからも話を聞く。
そしてカンファで出た結論は
「Xさんを甘やかさないで下さい。」だった。
数値はすべて正常。
だから、
「食べたくない」「飲みたくない」
「車いすを動かして」「リハビリしたくない」
といった訴えはすべて甘えからきているから
ビシビシと「食べないとダメですよ。」と
スパルタで言って下さい・・・とケアマネも言っていた。
それが、Xさんのためですから・・・

ケアマネはどれだけXさんの事をわかって言っているんだろう?
私の知っているXさんは、人から助けられるのをよしとしない、
人に甘えない方だったから。

私は、だから、そのケアマネの見解に反対だった。
普段人に甘えない性格のかたが「食べたくない」と言う時、
どうしてそれを「甘え」だと思うのか??
「食べなくちゃダメでしょう!!ほら!」と
叱咤して無理にでも食べさせることが
いいことだとは、決して思えない。
他に違うアプローチが沢山あるはず。
それを言うとナースの意見は「みらさんは、甘い。」だった。

はたして、それから、Xさんは辛そうな顔をしながら
周りのスタッフから
「食べないと!」「水分とらないと!!」
「車いすは自分で動かして!」
そう言われ続けることになった。

覚えているのは、一週間ぐらい前のこと。
「食べたくない」「食べたくない」
「何もいらない」「薬も飲みたくない」
ベッドに横たわって、Xさんはそう言っていた。
ナースが「あなたに不必要なものは何もないの!!」
そう言って、ベッドの頭部分を上げXさんの口に薬をながし
水をコップで飲ませる
「吸い飲なんか使わないよ!Xさんはコップで大丈夫なんだから。」
それほどあなたは具合悪くないと言いたいのだろうが・・・
口から水はびちゃびちゃとこぼれ服も布団もシーツも濡れた。
Xさんは、あごが上がり口がうまく動かない。
「ちゃんと飲みなさい」
そして居室管理に入ってた私に向かって
「これ、全部濡れたから、交換、洗濯、お願いね。」
そう言って、去って行った。
Xさんはあごをあげて、呼吸をしていた。すごく辛そうな姿。
「Xさん、シーツ、枕カバー、パジャマ、交換します。
一度車いすに移動できますか・・・?」
「・・・いや・・・苦しい・・」
きっとさっきのナースだったら、
無理やり車いすに移動させるんだろうな~と思ったけど、
この苦しそうな姿を見ると、私にはできない。
もう一人新人さんを呼び、ベッド上で交換・着替えをした。
そうしているうちに、3時になり、またナースがやってきて
バイタルチェックし
「Xさん、リハとレクやるから、ホールに来て。」という。
「みらさん、Xさんを車いすに移乗して、あとは、
Xさんは自走(車いすを自分で動かすこと)
できるから、手を貸さないで下さい。」

顎上げて呼吸している人にリハとレク??
何を考えているんだ!!

「でも、Xさん、苦しそうだから今日は安静にした方が」
ナースは自信たっぷりに言う
「バイタルはすべて正常よ。甘えてるのよ。」
「こんなに苦しそうなのに!」
「甘えているのよ、さぁ、Xさん、ほら、移乗するわよ。」
ナースはXさんを抱きかかえ、車いすに座らせた。
「体力付けるため、ご飯を食べるため、動かなくちゃ!
ほら、自走して!」
動かない。
「ほら!自走して!」
私が手を出そうとすると、「ダメよ!みらさん、手を貸しちゃ。」
ゆっくりとXさんは車いすを動かし始めた・・
「Xさん、あごをあげて呼吸すると、口の中が渇くから、
ちゃんとあごを下げて、ほら。」
ちがう、あごをあげているんじゃない。
あごを下げる事が出来ないぐらい、苦しいんだ。
それをナースに伝えても、
「そんなことないから。そんなに苦しいはずないじゃない。」

この人は、ちゃんとXさんを観ているのか??
バイタルの数字ではなくて
Xさんのこの状態を自分の目で観て判断しているのだろうか??
Xさんは日ごろ甘える人ではない。
どちらかというと限界まで我慢する人だ。
それまでわかって、Xさんを観ているのだろうか??

何度も何度もナースに「今日はXさんのリハをお休みしましょう」
と言い、周りのスタッフも「今日は顔いろが悪いし。」と言い
この日のリハ・レクはなんとか取りやめになったが、
ナースは腑に落ちないらしかった。
「何度かバイタル計りましたが、正常でしたよ。」
部屋へ戻る時もナースは自走させようとしていた。
「ほら!頑張って!!」
「今日は、私がお連れします!!」
「みらさん、手を出さないで、Xさんのためなのよ。」
ナースが叫んでいたが、私は無視して
Xさんを部屋へ車いすを移動し、ベッドに横になって頂いた。
呼吸が荒い、さっきとは、明らかに、違う。
ナースを大声で呼び、バイタルチェックをお願いする。
「あら・・ちょっと、異常だわ、安静にしなくちゃ。」


その夜、Xさんは救急搬送された。
そして・・1週間後のおとといの昼に
亡くなったと連絡が来た。


例えば、
よく、介護士が「~の方がいいです」というと
「その根拠は?」と聞いてくる看護師がいる。
その時に、その利用者さんの性格や日常やとりまく家族や
時には、その方の生きてきた歴史や
そういったことから判断している、と伝えるとだいたい苦笑される。
それは数値化されないものであり、理論化されにくいものだから。
同じ症状の患者を沢山観てきている看護師から見ると
画一化されたケア・キュアが当たり前で合理的だから。
でも、時に、
それがどんなに大切か。
それがこの方なのに。
それが個別ケアなのに。私はそう思っている。


Xさんとの最期の会話を覚えている。
救急搬送される日の夕方、私がそろそろ仕事を終える時間
コールが鳴った。
「Xさん、どうしました?」
Xさんはか細い声で
「迎えに来てくれる?ねぇ、迎えに来てくれる?」
珍しく、本当に珍しく甘えた声だった。
私は、夕飯時にスタッフが迎えに来てくれるのかを
聞いているのかと思い
「大丈夫ですよ、迎えに来ますよ。」
「本当に?」
「本当に来ます、大丈夫です。」
「迎えが来るんだ・・・楽になる・・・よかった。」


もう、苦しくないですね。
やさしくて、我慢強くて、礼儀正しくて
あの、少々ハスキーな声がきけないかと思うと
さびしくてたまりません。

ありがとうございました。

合掌。


(偏見に満ち満ちた激しい記事をかなり修正しましたが、
私はけっして「看護師さんの仕事」
を責めているのではないんです。もしそう感じたら
私の文章力の未熟さゆえです、すいません。
個別ケアを実践しているすばらしい看護師さん
もうちの施設におります。
私が言いたかったことは、つまり、
「この、おたんこナース!」という、汚い愚痴です。)

きょうは

2012.02.14 10:07|家族
・・というわけで
今日、息子の本命受験日です。
天気悪い中、
旦那の車に乗って駅まで送ってもらうとのこと。

まったく、小学校も中学校も
修学旅行は雨降り、といった雨学年。
よりによって受験日まで雨。

朝、はや~く起きて
息子、テンションマックス!!
「つまりは、ただの試験~ふつうにやってくるよ~」
といいつつ・・
全然普通じゃないぞ。
トイレで大声で歌って、近所迷惑っ!

普通にね、それが難しいんだよ、へへへっ。

受験の御守りにひもを通して首から下げて
「いってきま~す、やってくるね~」
「弁当は?受験票は?」
「弁当だけは、忘れない!受験票もある!」
「おう!いっといで。」

かあちゃんは、祈っているぞ・・・

あんなに行きたがっているんだから、
受かると・・・いいなぁ~・・・


バレンタインの思い出

2012.02.13 09:36|雑感
近づいてきましたね~バレンタイン。
うちの娘は友達と「友チョコ」づくり!
板チョコ買って、チョコペン買って。
違う中学に行く子がいるから
いわゆる「思い出づくり」に余念ないようで。

家では、旦那がチョコが大っきらい!で
チョコの甘い香りも吐き気がするそうで
職場で頂く義理チョコが本当に苦痛らしい。
可愛そうなくらい・・・
それなのに、昨日は娘が作ってきた義理チョコを
テレながら受け取ってました。
「お父さん、ホワイトデー楽しみにしてる」
と、無表情~な、娘。
おいおい~もっと可愛く媚びる顔できないのかぁ~

毎年息子にあげていたんだけど
息子に彼女ができてからは (いるんだな、彼女が)
母親からチョコあげていいのか・・・??
それって、まるで息子大好きマミーみたいじゃん・・
とみょ~に考えてしまって。
でも、何も考えずに!
チョコをあげました、ぼりぼり食ってました。
結論、ただの飢えた子どもだった・・・


ところで・・・
初の本命バレンタインチョコって覚えてます??
私はすご~く覚えてマス。
私にとっては大事件だったから。

小学6年生の時、私はきょ~れつな初恋真っ最中。
寝ても覚めても、T君のことばかり。
毎日毎日、日記にT君がこう言ったとか、目があったとか
実際T君は背も高くてスポーツ万能でカッコよかった。
(ついこの前実家近くで見たけど!
変わらずカッコよかったのには驚いた!)
もう、T君の事が頭から離れなくて、
学校行ってもT君しか見えず、
だからと言って、T君と話すこともできず。
T君のそばに寄る事も出来ず・・・ただじっと見つめている
(今考えると)気持ちの悪い子だった。

で、バレンタイン、どうするか。
やっぱり・・チョコ、渡したい・・

手作りは、できない!!
だって「おや~チョコ作っているの?誰にあげるの?」って
親にばれるから!それだけは、いや!
絶対に、いや。

地元のスーパーのチョココーナーを
うろうろうろうろ・・・うろうろうろうろして、ようやく、
300円ぐらいのハートチョコを買って。
自分でラッピングして、裏に自分の名前を書いて。
問題はどうやって渡すか。
なにせ、話すこともできない!!
恥ずかしくて、近寄れない、目があっただけで大変なのに。

結論。T君ちの郵便受けに入れよう。
T君の家はよ~く知っている。通っていた書道教室の隣の隣。
郵便受けに当日入れよう。
そう決めてからも、眠れない日々・・・

で、当日。学校から帰って、まっすぐT君の家に。
家の前をまた、うろうろうろうろ~すること1時間。
やっぱりやめようかな・・どうしよう・・・
雪がだんだん強くなってくる中、
ええい!もう、いいや!と郵便ポストにいれて、
ダッシュで帰ってきた。
ああ!!あした!何か、T君から言われるかな??
受け取れないよ、こんなもの、とか言われたら!!
ああ!!やらなきゃよかったかな??!!
眠れない夜を過ごしたのでした。

ところが、次の日T君は休み。
次の日も次の日もその次の日も、休み。

先生からの話によると・・・。
そのバレンタインディの夕方、
私がうろうろする直前、T君のお母様が急に倒れて、
その後病院で亡くなられていたそうだ。

ええ??
あまりのショックに頭真っ白。


その後2週間ぐらいして、T君が学校に来た。
げっそりと痩せたT君の姿を見て。
みんな、どう、T君と話したらいいか、わからない状態。
よそよそしい雰囲気のなか、
そんな中、T君は私に話しかけてきた。
「チョコ、食ったぞ。うまかった。」
「・・・よかった」
よかった、よかった・・
わけもわからず、私は学校で泣きじゃくってしまった。

その後もT君と話すことはできず・・
そこにT君への同情も加わって、
「かわいそうな彼」というのができあがり
毎日毎日T君・T君の頭の中。
もう、どうしよう!!
だって、私のチョコ、美味しかったって、
言ってくれたのよ。
きゃ~わたしのチョコを~きゃ~!!


でも・・・そんな私が一番ショックを受けたのは
T君が違う中学に進むと知った時。
最後に、最後にせめて、何か、何かしたい。
考えに考えて、何かプレゼントするより、
卒業式の日に握手をさせてもらおうと思った。
T君の手に触りたかった・・・
握手させて下さい、というとT君手を差し出してくれた。
「頑張って下さい」
そういうと、
「俺、チョコ、大好きなんだよね、またくれよ。」

ええ??なにそれ~??
おいおい、おまえ!!バレンタインディの意味、
わかってないだろ=!!
私の気持ち、わかってないだろ=!!
おまえ、ただのチョコ好きだったのかよ=!!

そう思い、愕然として
T君熱が冷めてしまったのでした。

ちゃんちゃん。



はたして、息子と彼女はうまくいくんだろうか・・・


痛い春

2012.02.12 15:48|家族
中学説明会も終わり。
いよいよ・・
子供たちの春の準備を始めることに!

まずは・・
下の娘の小学卒業式の服。
売り場に行くと・・・あきれるぐらい!の
にわかAKBだらけ。
ブレザーに派手なチェックの超ミニスカートに
同じチェックがらのリボンブラウスに
おそろいのシュシュもついている。
そんなのばっかり!!どこもかしこも、AKB!!
新小学1年生の服もリトルAKB。
かわいいピンクのワンピースなんて売ってやしない。
娘が小1の時とは違うな~としみじみ。
AKBって子供たちの憧れなんですなぁ。
で、
AKBがあんまり好きではない娘は
それでもやっぱり・・・
しぶい色のチェックのミニスカートとリボンブラウス、
それに合わせたちょっと大きめのVネックセーター。
袖長めのセーターがすごく気に入った様子。
全部で、5千円ぐらいで済んだから、よしとしよう。
セーターは使えそうだし。

そのあと、同じく娘の中学制服と体操着を買いに。
生まれて初めて!サイズ確認のため、生まれて初めて!
制服を着た娘はテレテレ~
大きくなったね~・・・とちょっとばかり思ったりして。
三つ上の息子と同じスクールカラーだけど
兄貴は体操着を見事にぼろぼろぼろぼろ~にしてくれたので
改めて購入せざるを得ない・・・
全部で・・・6万8千円也~飛んでいきました~(悲)
相変わらず、高いな~学校用品って・・・

それから、私のスーツ。
6年前、娘が入学した時に買ったものを着てみて・・
息子の卒業・入学の時に着たから(3年前)
今でもなんとか着れることは着れるんだけど
(買う時に、太ることを予想して1サイズ大きいのを
買った、それがよかった!)
スカートが・・短いのがすご~く気になる。
娘に「このスーツ、どう??」と着て見せると、
「ええ~・・・これ??卒業式に着てくるの??」
と露骨にいや~な顔。
とりあえず、近くの店を娘と二人で見に行って
「お母さんは、黒じゃくて、白もダメで・・・」と
紺色とグレーのスーツをいろいろ持ってきて
「試着してみて。」と、とっかえひっかえ試着すること30分、
「これがいいよ!うん、これ、」
娘がお勧めのスーツ。紺色の上下、
さりげなくスカートのラインも凝っていて(タイトすぎない)
そしてもう1枚ややふんわりしたスカートもついている。
3点セット。「これがいいよ。」
娘におされ、いまなら2割引きという札にも押され
ええい、いいか、と買った1万800円也~
予定外の支出、少々痛い。
外食1回控えよう。

それから息子の証明写真を撮る。
これは・・・つまり。
今度の火曜日に本命受験があるんだけど、
それを「はぐった」らすぐに!もう、合格発表の次の日には
次の受験願書を提出しなければならず。
つまり、1次が「否」とわかってから
2次募集の願書を作成しては遅いので、
今のうちに2次願書の準備をする。
また写真を撮る、ということは・・・
1次受験を余裕で通るわけではない!ということ。
本人、あまりいい顔してなかったけど、仕方ない。
(同じ高校を2回受験できるようになっている。
1次で定員の7割を決め、2次で残りを決めるシステム。
彼は、同じ高校を2回受験するつもりでいる。)

話し合いと学費・交通費の計算を重ね
1次も2次も合格しなかったら
この前受験した私立に行くことになった。
この前の私立受験で「特進クラス」を合格しているので
学費の免除が大きいことと、
近いから交通費がかからないこと。
計算したら、公立行くより、安かった・・・!!

でも、本人行きたくないので、本命受験にむけて
青い顔して勉強してる。

受験が終わったら、息子の入学準備。

福沢諭吉さんが・・団体でお出かけになりそう。
いつもと違って、痛い春です。



あの日、私の3・11(9)

2012.02.11 15:47|3・11
2011年3月11日
午後5時ごろ

ガソリンゲージが満タンを示していた。
それがすごく嬉しかった。
「いきますか、まっく、がんばりましょう」

近くのコンビナートからのオレンジ色の火柱は
まだ見えていたが、さっきよりは勢いが弱まっていた。
1年ぐらい前、このコンビナートでは
化学爆発の事故がおこり、犠牲者が出ている。
今回はそんな事がなければいいと、切に思った。

旦那は・・・どうしているんだろう・・・

電話は全く通じない。
地元FMラジオが全く入らない。
(後でわかった事だが、地元FM局は
地震で火災がおきて放送できない状態だった)
NHKラジオは・・「今だ状態確認中」を連呼していた。

エンジンをかけ、私は走りだした。
職場のあるM市から自宅のあるK市まで
何もなければ、20分の道のり。

どの道が安全か、なんて考えはなかった。
車の数もいつもと変わらない。
とにかく、帰らなければ!
それしか頭になかった。

電柱が倒れそうなぐらい車道の方に傾いている。
がっこん!と車が揺れ、「うわ!」
道が凸凹になっているのがわかる。
両側の店の電気が全くついていない。
暗闇がだんだんと迫ってきていて薄暗くなってきた。

もちろん、信号もついていない。
交差点を右折する時が怖かった。
ゆ~っくりと、そろりそろりとなんとか曲がって、
国道との大きな交差点に差し掛かる。
そこには、多分地元の方だろう、何人かのおじさん達が
旗を振って、大声をあげて、交通整理をしていた。
「ゆっくりいけ~!あせるなよ~!!事故をおこすな~!!」
その方たちのおかげで、私は国道に出る事ができた。

あとで聞いた話だが、その方たちはほとんど夜通しで
交通整理をボランティアでしていたそうだ。
警察の手の届かない状況で、自発的に。
そういう方が沢山いた。
おかげでこの震災による交通事故はなかったそうだ。
いまでも、その方たちに、心から感謝している。

国道をK市に向かって、走る。
車の流れは普通よりかなり遅い。
そして、メインの国道なのに、暗いのが異常だった。
焼肉のチェーン店もファミレスもホテルも
パチンコ屋もラーメン屋も牛丼屋も、
コンビニさえも、すべて、暗かった。
営業しているのだろうか??
こんな光景を見たことがない。
しかも、電柱が車道のほうに大きく傾いている。
電線が垂れ下がっているのをよけながら運転した。

道路自体も凸凹や傾いているところがあり
その低くなったところに水が沢山たまっていて
車が通るとバッシャ~!!とはねあがった。
この国道の近くには、水道の貯水場がある。
きっとそのパイプが破損したのだろうと思っていた。
だから、水道が止まったんだ。

そろそろと運転し
M市とK市の境目に来て、ええ??と目を疑った。
信号が、ついている!
K市は停電していなかったんだ!
明るい、すごく、明るい。

涙が出そうだった。

明るいだけで、こんなにも、安心するなんて。

それと同時に、そろそろと動いていた車の列が
ぴたりと動かなくなった。
完全に停止状態となっていた。

K市はどういう状態なんだろう??

渋滞の中、あちこちに電話をしていたが通じない。
呼び出し音もならない。

ラジオのチャンネルをあちこち動かし
東京のFMラジオが入った。
「よくわからないですが、電車が動いてなく
車も大渋滞の様子です~スタジオに遅刻している
アーティストの方、ゆっくり来て下さ~い」
と明るい声のリポートだった。

都心も大変そうだな~とぼんやり思った。
でも、大したことなさそうだな・・・

全く動かない車の中で
まだ満タン近いガソリンゲージが頼みの綱だった。
大丈夫、家につけるはず。
まだまだ、まっくは大丈夫。

その時、もう、午後7時を過ぎていた。


ありえない弁当列伝

2012.02.10 21:37|雑感
昔、お邪魔していたサイトで
「ありえないお弁当列伝」という掲示板があって
参加した事がある。
今まで経験した”ありえない”お弁当の経験談。
泣けるもの、笑えるもの、実に多彩で
結構皆苦労してきているんだな~と
みょ~に安心した。

例えば。

私の経験。
・ふたを開けたら、大きなフライがごろっと二つ。
おにぎりに衣をつけて揚げたものだった・・・!!
味は・・ただの油っこいご飯(悲)
その日兄の弁当には、おにぎり3個分の巨大な
”おにぎりフライ”が1個で~んと入っていたそうだ。
食べるのに非常に苦労したそうだ(やっぱり食べるのね)

・ふたを開けたら、ご飯の上に無数の「イナゴの佃煮」が。
(わかる人はわかると思います、バッタのような虫の佃煮です)
これ、・・・冷静に見ると結構グロい。
嫌いじゃないから、食べたけど、
友達には「きもい!!」「見せないで」とギャーギャー言われ続けた。
・・・・嫌いじゃないから、食べたけど、
何か??



他の方のレス
・2段重ねのお弁当で、上の段も下の段もご飯!!
ちなみに、弟の弁当は上の段も下の段もおかずだった・・・
(どっちの方がマシなのか・・・難しい・・・)

・ふたを開けたら、ど~んと真空パックの、焼いた鯛が
入ってた。いくら前日親戚の結婚式があったからって!
でも、苦労して開けて食べた。骨が多かった!
(それでも・・・食べるのね、青春ってお腹すくものね)

・ふたを開けたら、一面ぼた餅だった(計8個)
食べたら、固くて固くて・・・それでも全部食べて涙が出た。
(私も泣けてきた・・それでも食べるのね)

・おかずに何か真空パックの物が。なんだろうと思ってみると
鯛をかたどった砂糖!!ただの砂糖!!
”これは、私に対する挑戦か!受けて立とうじゃないか!”
と開けて、全部舐めまくった。
(きっと前日親戚の結婚式があったのでしょう・・・)

そして、極めつけのレス
・ふたを開けたら、「フルーチェの素」が。
購買で牛乳買って混ぜて食べてね、とのメモ。
他に食べるものないし、お金もないし。
素直に牛乳買って、箸で混ぜて食べたけど、
友達の目から隠すのに非常に苦労した。
(泣けてきた・・・メモを書く暇があったら、
せめておにぎりでも・・やっぱり、それでも食べるのね)



ちなみに旦那の話。
・ピーマンの肉詰めが二つ入っていて、かじると、生!!
赤いドリップがだらだら~・・・
母親に悪いと思い、見なかったことにして鼻つまんで、食べて
でも、・・お腹を壊さない、俺って・・っと落ち込んだ。
(母親には優しいのね・・・ふふふ・・)


こういうのを見ると、
自分が作る貧相なお弁当がまともに見えてくる、
ような気になる。
青春ってお腹すくのね!



「人形」を読んで

2012.02.09 21:30|雑感
小林秀雄氏のエッセイに「人形」という作品がある。
高校の時、大学受験模試でこの文章を読んで
小論文を書く問題があって、
当時の私には、全然うまく書けなかった。
「なにかが違う!」と思っていたのにそれを
全然うまく表せなくて、その「何か」を書かずに
ただ小林氏を褒めて終わった。
それが悔しかったのを覚えている。

で、この歳になって、いろいろ人生経験って奴を重ねて
ようやく、その「何か」が少し見えてきたので
書いてみようか・・・と。
う~ん、今でもうまく書けるか??
わからないけど。


「人形」はたった2ページのエッセイ。
有名な話なので、読んだことがある方も多いと思う。
だいたいのストーリはこうだ。
(昭和37年初出なので、舞台設定は古い)


小林氏は大阪行きの急行の食堂車で夕飯を食べていた。
しばらくして4人がけのテーブルの向かい側に、
60代ぐらいの上品な夫婦が座った。
その夫人は大きな、人目を引く人形を抱えていた。
だいたい1歳児ぐらいの大きさ。
古ぼけて肌はテラテラしていて、髪も薄く禿げかかっている。
その年季が入った人形を、夫人は大切に横抱きにして
注文した料理を、一口人形の口に運んでから自分の口に入れる。
小林氏は思う。
「人形は息子に違いない。それも人形の顔からしたら、よほど以前のこと。
一人息子は戦争で死んだのであろうか。
夫は妻の乱心を鎮めるために人形をあてがった、そんなところか。」
この不思議な会食に若い女性が加わる。
彼女は一目で事を悟り、何も言わずにいる。
小林氏は続ける
「もしかしたら、この老婦人は全く正気なのかもしれない。
身についていた習慣的行為なのかもしれない。
だとしたら、これまでになるには、周囲の浅はかな好奇心と
ずいぶん戦わなければならかっただろう。
それほど彼女の悲しみは深いのか。」
「この会食は和やかに終わったが、もし、誰かが人形について
余計な発言をしたらどうなったであろうか。」


想像してみる。
自分が食事中に「相席、すいません」って
大きな古い人形を抱えた老夫婦。
そして料理を一口づつ人形にあげている老婦人の姿。

多分、この老夫人は戦っているのだ。
でもそれは、
周囲の”浅はかな好奇心”と戦っているわけではない。
息子を死なせないように、必死で戦っているのだ。

人は2度死ぬ、というのは有名な話。
1度目は肉体の死。
2度目は人々から忘れられるという死。
その2度目の死から必死で息子を守るために戦っている。

多分、周囲からは
「息子の事は忘れなさいよ。」と何度も何度も言われているはず。
「いつまでも昔のことにこだわってないで。」
「お子さんを亡くしたのはあなただけじゃないのよ。」
それは、多分この夫人を励ますつもりの言葉。
忘れて前向きになりなさい、というように。

でも、老婦人にとっては、忘れることは息子の死を表す。
なぜ忘れなければならないのか??
それは、この夫人にとって息子を殺すこと。

そしてその奇異な人形を持ちあることによって
この夫人は周囲に宣言をした。
「私は忘れない。息子を死なせない。」
この人形のおかげで周囲も、静かになったにちがいない。
そこまで・・思っているのなら、仕方がない・・・と。

だから、きっとこの場面で誰かが人形について
話したとしても・・・
例えば
「大きな人形ですね。いつもご一緒なんですか?」
と話しかけたとしても、きっとこの老婦人は
毅然とした態度で
「ええ、息子なんです。」と言うはずだ。
そのぐらいの強い気持ちでいなければ
「周囲の浅はかな好奇心」を感じながらも、奇異な人形を持ち歩き
食事をさせることなどできない。

その姿は確かに、狂気的であろう。
でも、それは母親が子供のために戦っている姿でもある。
私はそう、思う。


・・・・ってな感じにプロット(論文の骨組み)はできた。
これにわかりやすい例やエピソードをくっつけて
原稿用紙2~3枚はいけるかな??
はたして、
高校時代にとった点数(78点)をこえる事ができるか??
いや、多分難しいだろうな~
こういった小論文は、作者を批判的に書くと
点数が伸び悩む傾向があるそうだから。

ああ、提出先がないのが悲しい・・。
でも、こうやって自由に書けるのは
ある意味・・幸せなのかもしれないですな~・・・

あの日、私の3・11(8)

2012.02.08 21:47|3・11
2011年 3月11日

午後5時ごろ

施設内では全然水が出ない。
雨水を貯めているタンクからバケツに水を汲み
利用者さん達のトイレに置いた。
ガスは出るので水を温めて、それでタオルを絞り
利用者さんの清拭をした。
自家発電の電気がついていて冷蔵庫も灯りも
大丈夫そうだった。
ただ・・・電話は相変わらず”ぶ~”と変な音を立てていた。

私は帰ることにした。

社長が
「本当に帰るの?」玄関で靴をはいていた私に聞いた。
「はい、帰ります・・・家族が・・」
「充分、気をつけて。」
頭を下げる社長。らしくない。
まるで安っぽいドラマのよう。
「気をつけます、ありがとうございます。」
私は駐車場に走って行った。

空は、流れていた墨のような雲が少し動いていた。
黒い雲の下の方から、白い雲が日光を反射して
明るさが漏れていた。

身体の震えが止まらない。
まだ、寒い。

愛車のまっくに乗り込んで、ハンドルにもたれかかった。
心当たり何箇所かにまた電話をかける。

結局、津波なんて来なかったんだ。
今まででも来たことはないし。
(もちろん、この認識が間違っていたことを
あとで思い知らされることになる)
空も明るくなってきた。
「大丈夫、大丈夫。何もおこってないじゃない。」
自分の言葉が響く。
目の前の道路では普段通りに
車が行き来しているように見えた。

電話をかけながら、何気なく
隣の民家の屋根を見て、ひぃ!と声をあげる。
瓦屋根がめちゃめちゃに崩れ落ちている。
その横の電柱はひどく傾いている。
なんだ、あれは・・・
マンホールが異常に盛り上がっている・・・
道が陥没したのか??

胸の中で、何かどす黒いものが渦巻いていた。
それは不安というより、もっと重いものだった。

ああ・・・・
子供たちはどうしているんだろう???
さっきからあちこちに電話しているけど
どこにも通じない。

平日だから、学校にいるはず。
先生の庇護の元にいるはず。
でも、順当に考えれば
保護者が迎えに行くのを待っているのかも・・・

私は、子供たちにどんな「防災教育」してただろう??

何かあったら・・・隣の隣のTさんの家にいくように
日ごろから話していた。
Tさんとは上も下も同い年で、よく遊んでいた。
「何かあったら、家を頼ってね。」
お互いよくそう話していた。
Tさんが遅くなった時もうちで子供たちを預かったり
私が急に仕事で遅くなった時も
Tさんがうちの子供を見てくれた。
今Tさんは専業主婦で家にいる事が多いと言っていたから
だから・・多分、Tさんを頼っているはずだ。

息子のことを思う。

たぶん、大丈夫だ、彼なら。
たぶん、冷静に判断しているはずだ。
下の娘だけなら不安だけど、
お兄ちゃんは、そういうところ、しっかりしてる。
彼は、理論的に考えるタイプだ。
何かあったら、避難場所は家の近くのMセンターだと
ということも、彼なら知っている。
よくMセンターに卓球しに行っていたから。

大丈夫だ。

多分、私よりもしっかりしてる。
大丈夫なはずだ。
信じてる。

とにかく、帰ろう。
私はエンジンをかけた。
まっくのガソリンゲージは満タンだった。
それが、すごくうれしかった。
「いきますか、まっく、がんばりましょう!」
携帯の充電器を車の電源に繋げて
私は走りだした。






愚痴愚痴

2012.02.07 10:46|仕事
物を投げる利用者さんがいる。
スタッフを呼びたいため、手当たり次第に
テーブルにあるものを投げつけてくる。

肺炎を繰り返し足の骨折をし
身体がだんだん思うように動かなくなってきたため
ストレスがたまっていくのが目に見えてわかる。
声も弱々しくなり、よく聞き取れない。
「呼んでいるのが・・わからないのかよ・・・!」
そのため、物を投げてスタッフの気を引こうとする。
湯呑も、食器も、靴も・・・
「おい・・・、おい・・・、」
そして、お茶も、ご飯も、オカズも投げてくる。

スタッフの好き嫌いも激しい。
私は残念ながら気に入られているので
頻繁に呼ばれてしまう。
「いとうさん・・・いとうさん!」
びしゃ~と湯呑を床に投げつける音。
(私の名前はいとうではない、いとうではないってばさ。)
同僚が「ほら~・・いとうさん、呼ばれているよ~」
と笑いながら言う。
その利用者さんのそばに歩いていくと
ペットボトルが飛んで私の肩ににジャストミートした。
「痛っ!」
「早く来ないからだ、このばか!、呼んだらすぐ来い」
その方の向かい側に座っていた方が飲んでいたお茶のボトルだ。
ふたが閉まっていてよかった。

その利用者さんの用事はだいたい、大したことはない。
「看護師に~と伝えてくれ」とか
「寒いから上着を着させてくれ」とか
「カーテンを閉めてくれ」とか
私の手が空いていない時は、
他のスタッフに声をかけて下さいな~と言っても
「誰も来ない。ここはお前以外は耳が聞こえないんだ。」

その時フロアにいた他のスタッフと話をした。
(新人さん・・といっても、とても仕事の処理能力が高くて
みんなから仕事ができる新人!と頼りにされている
スタッフなんだけど)
「○さんが物を投げてスタッフを呼んでいる時、
対応して下さい。いとうさん、って呼んでも、他の方でも
十分対応できる内容です。」というと!
驚きの答え・・・
「私は○さんが苦手ですから。行きたくないです。」
はぁ????
にがてですから、いきたくない??
「だって、やだもん。物ぶつけられるし。
椅子に両手を縛りつけて、動かないならいいけど。
それに、いとうさんが対応すればいい話だし。」

すいません、久々に、私、キレました。

「それは、虐待です。どう考えても、虐待です。」
すると、
「ウソですよ~縛りつけたりしないですよ~」
と笑っている。
「そうじゃなくて、呼ばれても、理由がなく
対応しないのは、”介護放棄”という虐待です。」
「ええ?だって、私呼ばれてないし。」
「物を投げてスタッフを呼んでいるのは明らかです。
スタッフが来ないことによって、
あの方のストレスは溜まってます。余計に物を投げます。
悪循環は目に見えてます。それに・・・
例え冗談でも、利用者さんを縛りつけるなんて発想を
しないで下さい。そういう短絡的な発想は、
介護者がするものではないはずです。」

べしゃ、とペットボトルがまた投げられた音がした。
「○さんが呼んでます、対応をお願いします、
私はこれから外部ヘルパーに出ますので。」
とそのスタッフにお願いして、外出した。

はっきり言って、
この暴言が多い利用者さんを好きな人なんていないと思うし
要求が非常に多いこの利用者さんが
満足するようなスタッフなんかいない。
だからと言って無視するのは
どう考えても、おかしい。
物を投げられたら、どうして物を投げるのか
理由を考えて対処していくのがプロであるはず・・・。

他のスタッフもそうだ。
「私なんか嫌われているから、行っても
”お前なんか呼んでない”って言われるだけ。
いとうさんが行けばいいことでしょう。」
と何度も言われ、その度に私は言うことになる。
「いとうさんじゃなくても対応できる内容です。どうして
”今いとうさんは忙しいから、私が用件聞きます”って
対応してくれないのですか?」
「だって、嫌われているし、物投げられるし。
苦手なんです。」

介護者が利用者さんを選ぶんだろうか??


この利用者さんについて
「要求が多く、物を投げる。こちら側が一々対応ができないことを
○さんに教えるために、呼びかけられても無視する」
という姿勢をとっているナースがいる。
絶対に聞こえないふりをする。
「このうるさい利用者さんに時間を取られたくない。
私の仕事のためだもの。」
それは、なぜ物を投げるほどスタッフを呼ぶのか
という○さんの気持ちも無視をしていることになる。
なんどかそれを話したが、
「時間がない!看護師は忙しいの。それは、介護士がやって。」
の一点張りだった。

「呼ばれたら要件を聞き、適切に対応する」
と、実に曖昧に決まったチームケアは
「利用者さんがにがてだから」
「時間を取られるのが嫌だから」
といった理由で(介護者側からの理由だ)
全然機能していない。
こうなると
度重なる話し合いの意味が見えなくなってきた。
疲れる。

愚痴愚痴。

賭けですな

2012.02.06 09:18|雑感
新聞に連載されている
ひろさちやさんの「ほどほど人生論」
が結構面白い。
先週の土曜日の記事がなかなかよかったので、
書いてみる。

人生において迷うことは多い
会社辞めたほうがいいのかな~とか
転職したほうがいいのかな~とか
離婚したほうがいいのかな~とか
そういう時にどうしたらいいか。

だいたいの人の答えは二つ。
「熟慮しなさい」
(じっくり考えて最善の道を選ぶのがいい)
そして
「良識のある人に相談しなさい」
(忠告を参考にして決断するのがいい)

でも、当たり前のことだけど
いくら考えたって、未来の事は
人間には分からない。
仕事を続けてその会社がつぶれるかもしれないし
転職した会社がブラックかもしれない。

正確に予測できないのだから、
人間にとって未来の問題は、すべて本質的には
「賭け」の問題。
つまり、未来の進路に迷った時、それに対する
「正解」はない。
賭けに正解はないのだから。

じゃ、迷った時はどうすればいいのか??

まず、迷いに対する「正解」はない!ということを
し~っかり意識すること!
そして、直感的にいずれかを選んで
選んだあとは迷わずに!道を進むこと!

いつもまでも判断を保留してぐずぐず考える
(これが熟慮というやつ)のが一番良くない。


いろいろつっこみどころはあるけれど
う~ん、こうやって、断言されると
かえって清々しいじゃありませぬか!

直感的に選んでいいのね~。
あとは迷わずに進むしかないのね~。

というわけで、
私ももう少し今の職場を続けることにいたしました。
もちろん、理由は・・・・
直感的に!ですわヽ(^o^)丿



役員に

2012.02.04 20:38|雑感
昨日、下の子の「中学校説明会」に出かけた。
椅子に座っていると、後ろの方から
「みらちゃ~ん!」と声が。
振り向くと、おととし一緒に役員をやったKちゃんがいた。
Kちゃんとは、上の子も下の子も同い年。
学校行事の時はよく顔を合わす。
「みらちゃん、また中学で役員だって?
みらちゃんがやるって聞いたから、
私もやることにしたんよ。」と笑顔で言う。
そう、数日前、ほとんど涙声の
「役員をやってほしいんです!本当に簡単な仕事です!
もう、20人に電話したんですが、だれも引き受けてくれません・・」
という訴えに負け・・(頼まれると、弱い)
ため息交じりに、承諾した。しかたない・・・
どうして、みんな、引き受けないんだろ??
役員の一番大変な仕事は、次の役員を決めることだ。

Kちゃんに「K君、元気?」と聞く。
Kちゃんの上の息子K君は、うちの息子と同じクラスだった。
「元気だよ、一時期より、ずっと、元気。」
K君が・・・学校に来れなくなってから
いわゆる、不登校になってから、もう1年以上たつ。
定期テストの時に別室登校し試験を受けているとのことだった。
「学校に行けるようになったのは、大きな進歩だよ。」

K君は、目がきりっとつり上がっていて、体格もよくて
見かけはとても「わがままで、強い」ように見えるが
本当は、とても、とても感じやすい子だった。
私が子供会の役員だった時・・
まだ小学生だったK君のことをよく覚えている。
子供会対抗キックベース大会でK君は大活躍をしていた。
(K君はサッカーをやっていて、とても強かった)
でも、負けてしまった。
悔し涙を流す子、負けても気にせずに笑っている子、
「次、がんばろうぜ~!」と大きな声を出す子、
その中で、K君はたった一人で、
体育座りをして静かに涙を流していた。
だれとも話をせず、ただただ静かに涙を流していた。
その姿が私には痛々しかった。
言葉がかけられなかった。
家に帰ってからも、
部屋に閉じこもり、食事もとらず、
その日は家族の誰とも会おうとしなかったそうだ。


不登校になった原因は、本当のところは、K君しか知らない。
話したがらないK君が重い口を開いて説明してくれたのは、
部活での人間関係、らしい。
詳しい話はいろいろ聞いたが、立場が違えば話も違って
本当にいじめがあったのかはわからない。
わかっているのは、K君が学校に来れないほど
傷を受けたということだ。

世の中には
同じことを経験しても
とても傷を受ける子が・・・傷をうける人がいる。
傷を受けない人から見たら
「弱い」「軟弱」「敏感すぎる」と思うかもしれないが、
確かにそういう人はいるのだ。

K君は多分、
自分が部活での人間関係でうけた傷と
どうして自分はこんなに弱いのだろう?!
他の友達は同じ目にあっても平気でいるのに・・という
自分を責めてできる傷と
二つの傷を背負っていたに違いない。
そんなK君に「もっと強くなれ」というのは簡単だけど
彼がうけた傷を感じ、その心に寄り添っていくのは
時間をかけないと出来ない。
Kちゃんも・・K君と自分との闘いのようだと言っていた。

昨日は
Kちゃんは、なんだかとても、嬉しそうだった。
K君の成績は悪くなく、私立の高校を受験し
合格が出たそうだ。
「おめでとう!これからだね~」というと
「みらちゃんとこも、がんばりや~応援しとるよ~」

まだまだいろいろな事がおきるかもしれないが
とにかく、この1年
彼女と一緒に役員をすることになる。

小確幸

2012.02.03 09:43|雑感
小さいけれど、確実な、幸せ、

略して小確幸。

例えば・・こんな、幸せ。

120202_213307.jpg

ちょっとばかり、
精神的にまいっているので
旦那に「プッチンプリンのスペシャルがあるんだって。」と
朝、お願いしたら、
帰りにど~んと買ってきてくれた。
「甘いものでも、食べろ!」

サンクス、旦那。

遠慮なく!
いっただきま~す(*^_^*)

(スペシャルプッチンプリンの情報!
ブログ友達さん、ありがとうございます。
バニラビーンズが入っていてすごく美味しかったです)

ヒネヒネ

2012.02.02 10:48|雑感
もしかしたら・・
誰でもそうかもしれないけれど、
「どうしても好きになれない人」
がいるみたいで。

仕事上のつきあいなんだけど。
いい人なんです。
見ていればわかるんだけど、全然悪い人じゃない。
しかも、悪いことに
相手は私に「お近づきになりたい」ビームを発射していて
「時間あります?よかったらお茶でも~・・」
とのお誘いも度々あったりする。

なんで、こんな、いい人を好きになれないんだろう?
すごくいい人なのに・・・なぁ。
もしかして、私の性格がヒネてるからか?
相手が「心の美しい人」だと自分のヒネが際立ってくるから?
確かに、それも、ある。(断言)

でも、なんだろうな~
ちょっとしたしぐさや言動が私の神経に触ってきたり
(それもかなり)
相手がもっている「私像」を私に押し付けてきたり
その度に私の気持ちは閉じてしまうようで。

明るくて、気がきいて、素直で、笑顔が素敵で
それなのに、この人の姿を見ると
無意識のうちにも、この人を避けてしまう自分が。
自分ってなんて嫌な奴なんだろ??
友達が多くて、みんなから好かれているこの人を
どうしても好きになれない。

合わないんだと思う。
この人と話すたびに、
私は「どうして好きになれないんだろう?」と
自分を責めることになり。

この人の言動だって気にすることはない、とか
相手は素直に話しているだけじゃない、とか
少しは大人になって自分の気持ちぐらい
コントロールしてみろ、とか
いいとこをみて好きになるよう努力してみろ、とか
自分に言い聞かせてみるけど。
やっぱり、それも疲れてしまった。

だから、近寄らないようにしているんだけど
「みらさんとお食事したいな~ねぇ、いつ暇ですか?」と
実に屈託のない笑顔で近寄ってくる。
この人が好きになれたら、簡単なのに、な。
断るのに、とても苦労する。

やっぱり、ヒネてるからですな・・・


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プロフィール

mira

Author:mira
パートの介護職のへタレおばさん。
そして
ちょっぴりヲタクが自慢。
私の知識の80パーセントは
マンガからきています♪
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