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もっと‥

2012.06.28 10:48|3・11
こういった活動は、もっと世の中に知られても
いいんじゃないかなぁ、と思い、
紹介させていただく。

にゃんだーガード 

ブログを拝読すると、今どんな活動をしているか
とても具体的に書かれている。
年月とともに、震災の記憶は薄れていき、
支援は減っていくのに
それと反比例するように、
保護動物は増えているそうだ。

たとえ支援できなくても
こういう活動を必死で行っている方々がいる事を
もっと知ってもらいたいなぁ、と思う。
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3・11 気づいた事(2)

2012.03.16 22:01|3・11
この頃地震が頻発しているようです。
私が住んでいる地域では、つい先日震度5があり
また、大地震が半年以内におこる~という話が
ネット上でも、テレビでも・・・
話題になってます(真偽のほどはわからないです)
デマに惑わされないように、
でも、備えは大切だと思います。

が、

昨年の3・11を経験してすごく、すご~く
私が身に沁みて思った事は、
大変大きな地震がおきた場合
備えたもの(防災グッズや保存食)や貴重品に
こだわらないで
とりあえず、すみやかに、避難することの大切さです

物を取りに戻って災害に巻き込まれた人が多く
助かる命だったのに・・と悔やまれてなりません。
阪神淡路大震災の時も、家に戻って火災に巻き込まれた
多くの方がいらしたそうです。

まずは、避難!地震がおきたら避難経路の確保。


ところで・・全然関係ないですが・・・
私、小さいころから、地震がおきるちょっと前(30秒ぐらい前)
地震が感知できる、というか、
地鳴りが聞こえるのです。
夜中寝ている時も、突然目が覚めて
「あれ~なんで私、起きたんだぁ~??」なんて思っていると
ぐらぐらぐら~!!!うわ、これだったんだ!って事が多いです。
ちなみにうちの母もそうです。
でも、30秒前じゃ・・役に立たない・・・(ー_ー)!!

あの、3・11の時は、仕事したまま
ごごごご~という音を聞きました。
大地は、人間お構いなしに(当たり前だ)動いているのですね~

きょうは

2012.03.11 21:43|3・11
今日は、テレビも3・11特集でしたね・・
いろいろな思いありますが、今日の新聞記事が
とても印象的だったので、抜粋させていただきます。



わが子の亡骸を抱いてさまよう母親が
お釈迦様に取りすがった。
「この子を救う薬を下さい。」
「芥子の種を集めなさい。ただし、死人を出した事がない
家からもらってくるのだ。」
どこを尋ねても、死者を送り出した家ばかり。
愛する人を失ったのは自分だけではないと、
母親は悟る。

ーー中略ーー

この一年間東北を歩くたび、この説話が蘇った。
どこを尋ねても、家族・親類を亡くした人
家を流された人ばかりだった。
圧倒的な自然の力の前で、人間のちっぽけさを
思い知らされたあの日からちょうど1年を迎えた。
消息を求める張り紙の赤ん坊の写真
見つからない子供を土砂の中に探す母親
水中から発見されたばかりの遺体
現地の光景がまざまざと蘇る。


「頑張ろう」「復興だ」と安全地帯から言われ続けた
人たちは死を心から悼むことができたのだろうか。
最悪の事故をおこした福島第一原発周辺の被災者は
遺体をがれきの中に放置して避難を余儀なくされた。
喪失感を抱くことさえ許されない、絶望の深さを想像する。

震災から1年と言っても、被災地はまだ
喪の途上である。
その中でも、悲しみを引き受け、苦悩しながら
一歩でも前に進もうという人たちがいる。
その姿に私たちは、逆に励まされている。

(2012年3月11日 東京新聞)


震災直後に実家に帰りました。
その時の新聞には、発見された遺体の状況を
事細かく説明している記事の欄がありました。

津波が来るから逃げよう、その前に
食料を持つお母さんのお手伝い、と、思ったのか、
レトルトカレーを抱いたままの幼い娘さん。
買い物メモ(サトイモ・和風だし・油揚げ・・)が入った
かっぽう着でサンダル履きのおばさん。
御自慢だったのか、懐中時計の鎖を持った姿のおじさん。
地元の会社の、ブルーの制服姿のOLさん。
みんな、日常の姿のまま、発見されていました。


あまりにも、多くの犠牲が出ました。
まだ、心の整理がついていません。
でも、決してこの犠牲を無駄にしてはいけないと思います。

合掌。

3・11 気づいた事

2012.03.08 10:51|3・11
私の当日の行動や、周りの起きたことから
今、思うことを少しまとめてみる。

助かった~、よかった~と思った事。

・お風呂の水が貯めてあった事。
 断水で、自衛隊から水を汲みに行ったけど、
 それはほとんど飲み水として使用。
 トイレの水はお風呂の水があってよかった。

・ガソリンが満タンだった事と自転車があった事。
 本当に偶然に、当日の昼に満タンにしていた。
 後で、ガソリンが手に入らず、まわり皆苦労していた。
 電車もバスも運行せず、うちでも自転車が大活躍だった!
 
・家にあるものがほとんど破損しなかった事。
 食器はみなカウンター式の引出しに収納していたので
 引き出しが飛び出していたぐらい。
 カップボードも‘地震の際、ドアが開かない構造です‘
 というのを半信半疑だったけど使っていて、カップもすべて無事だった。
 テレビは・・・何もしなかったけど、なぜか倒れていなかった。
 テレビの転倒防止は必要だと思う。停電していなければ
 非常に重要な情報源になる。
 (高価なテレビが壊れて、非常に凹んでいる友達がいた)

・地元FMラジオが聞けた事。
 今、自分の地元での状況が一番大切なので、それがわかったのが
 とても助かった。
 3・11の直後、
 安否情報はもちろん、
 自衛隊の水・食料の配布のスケジュール、
 どこで井戸水を開放しているか、どのガソリンスタンドがやっているか
 どのスーパーが、何時から何時までやっているか
 (水は一人何本まで・パンは一人いくつまでといった細かい情報も)
 どの施設のお風呂を開放しているか、
 道路の復興状況・・・・等々、すべて地元FMから得た。
 ラジオの力を感じ、手回しのラジオって便利だ!と実感。
 (電池が売り切れ続出だったので、手に入らなかった)

・食料と水の備蓄があった事。
 私のいたところは、大変な被害ではなかったかもしれないが、
 それでも、パニくっている人が多かった。
 スーパーでもコンビニでも怒号が聞こえたり
 「うちには、小さい子がいるんですよ!」と自分の事ばかり叫ぶ人がいたり。
 でも、備蓄がある程度あると、心の余裕が全然違う!
 「大丈夫だ~カップめんあるし、お菓子もあるし~水もあるし~」
 食べつくした後はどうしよう・・・とは思うけど、
 2~3日は大丈夫、と思うのと、今、何もない!って切羽詰まっているのとでは
 全然違う。パニくると、非常に、とても、危険です。

・日ごろの話し合いしていた事。
 携帯も、家の電話もまったく通じず、家族がお互い、
 何をしているか全くわからない状態になるので、
 「こうなった時はこうしよう~」と話しておくのが本当に重要だなと思った。
 特に子供たちは、学校と家での防災教育のおかげで避難センターに
 自主的に避難していたのを見ると、こう言った事って凄く大事だと思わされた。
 学校では、大地震があった時、保護者が迎えに来るのを待って
 保護者に引き渡す形をとると思うが、もし、保護者が迎えに行けない場合
 (買い物途中で地震に会い、動けない状況だったり)その時は
 「周りの友達が迎えに来てさびしいかもしれない、
 でも、落ち着いて、先生の話にしたがって・・・」という話はしておいた方がいい。
 私の友達が、このような状況になり、子供がパニくって大変だったそうだ。
 (この方の場合、先生と一緒に避難所に避難していたそうだ)

・役に立ったものたち
 使い捨てカイロ(寒かった!)、大きなリュック(買い出し用)
 水を入れる大きな容器(うちでは大きなゴミ箱に水をもらった)
 ティッシュ、ウエットティッシュ(水が出ないから、これで手を拭いた)
 懐中電灯、ラジオ、紙皿、ゴミ袋(大きくていろいろ入れられる)
 車用携帯充電器(私は車で放浪していたから)
 マンガ・小説(悲惨な映像ばかり見続けないよう、エンタはすご~く必要だった、
 ワンピース読んじゃった!ワンピースに救われた!)

・・・続きます。

 
 

あの日、私の3・11(14)

2012.03.06 10:09|3・11
2011年3月12日 

午前0時頃

家を一通り点検して、大丈夫だ、
家族でここで寝れそうだと判断し、
子供たちを迎えに行くことにした。

Mセンターまで、歩いて10分。
気がついたら、無意識に走っていた。
どうしてるんだろ?息子は?娘は?
どうしてるんだろ?

Mセンターはすごい人だった。
玄関に靴があふれ、そして、玄関脇にあったテレビの前に
人が大勢、毛布をかぶって座っていて見入っているようだった。

そこで、初めて、私は、東北の惨状を目にした。

映画の予告編のような、すさまじい光景。
これは、なんだ?
これは、どこだ?
しばらく、茫然とする。


それを振り払い、受付のおばさんに尋ねる。
「子供が二人、中学生と小学生の二人なんですが。
ここに来ているはずなんですが。」
「う~ん・・・ちょっと、名簿にないね。」
ええ?
「あるはずなんですけど、ここに来ているって
張り紙がしていて。」
「う~ん・・・子供二人ってないな~・・
101か、2か、3か、その辺探してみてくれる?」

ここMセンターは、もと小学校の一部だったので、
教室のように部屋がいくつもわかれている。
そこを一つづつ探してみて、ということだった。
名簿にないって、うそだろ?
教室のような部屋に机といすが片付けられていて
そこに毛布をかぶって直に寝ている人が沢山いる。
ほとんどが家族連れだ。
きっと自宅が夜を過ごせない状態なんだと想像する。
人をかき分け、「すいません、○○っていう子供、いませんか?」
と叫んでいると、
「多分、103ですよ~」とどこからか声がした。
「ありがとうございます!」
廊下にも、毛布をしいて座りこんでいる人が沢山いる。
小さい子供たちがはしゃいで走り回っている。
103号室につき、「すいません、○○っていう子・・」というと
「そこにいるよ~!よかった!」という声。
よく見ると、下の子が2年生の時の担任の先生だった。
先生が指差した毛布のかたまりをめくると、
息子と娘が並んですやすや寝ていた。

ようやく、会えた、よかった・・・

「起きて、起きて、家に帰るよ。」というと
娘は眠たそうに、うにゃ~と目を開けて
「朝までここで寝てちゃ、ダメ?」
「ダメ。次々避難してくる人がいるから。
家に帰れる人は帰らなくちゃ、ダメなのよ。」
なんとか起こして立たせて、「帰るよ」荷物をまとめる。
周りの人にあいさつをし、受付の人にあいさつとお礼をし、
そこを後にする。

帰りながら、話をする。
「何を持って避難してきたの?」と息子に聞くと
「水、ペットボトル3本。非常食として長期保存ビスケット、2袋。
貯金通帳が入っている箱、印鑑が入っている箱。
ヘルメット、2個。手回しのラジオ付き懐中電灯。ティッシュ箱1つ。
そんなもん。」
「おまえ、すごいな。」
通帳と印鑑まで持ってきて、それを抱えて寝ていたらしい。
「だ、だ、だって、金は必要でしょ。つ、通帳あったら、後々手続きも楽だし。」
息子、なんて、・・・冷静。
「夕飯は?」
「Mセンターでおにぎりを配っていて、それを食べた。」

そこで、はっと気がついた。
「娘ちゃん!どうやって、帰ってきたの?」
息子が説明する。
「中学は、授業打ち切りで、とにかく帰れ!になったわけ。
みな、保護者が迎えに来るまで待つように言われたけど
うちは凄く近いし(中学まで歩いて10分もない)
そこにT君のお母さんが来ていたから、T君と一緒に帰ってきた。
(T君はうちの隣の隣で仲良し)
家について、T君のお母さんがT君の弟を迎えに行くって聞いて、
俺も妹を小学校迎えに行った方がいいのかな~と付いて行って。
そしたら、妹の担任がいて、
「お兄ちゃんが迎えに来たね~」とか言って妹を渡された。
・・・保護者って、中学生でもいいのかよ!って思ったけど
よかったんだな、あれは。
それから、ずっと、T君の家にいたんだけど、余震が何回もあるし、
やっぱり、避難所に行った方がいいのかな、って思って、
思いつくもの持って、Mセンターに行った。」

「避難所がMセンターって知ってたの?」
「Mセンターしかないじゃん。このあたりでは。」
そういえば、前にこの近所の避難所のマップを社会の授業で作っていた。
自転車であちこちまわって、地図に印をつけていたっけ。
それが、こうやって役に立っている。
あの時は想像もしなかったけど。

家に帰ると、旦那も帰っていた。
家族が顔をそろえることが、こんなにも難しいなんて。


テレビをつけると、
そこに現れたのは、
海が燃えている絵だった。

宮城県沖が、燃えていた。


岩手・宮城・福島・・・
どの沿岸部にも、親戚や知り合いがいる。
今、どうしてるんだろう。
福島の実家にさえ、何度も何度も電話しても連絡が取れない。


無事でいてくれ、頼む。

私は、テレビのその光景を見続ける事ができなかった。


意識が泥沼のようで、
倒れるように、その夜は眠った。

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mira

Author:mira
パートの介護職のへタレおばさん。
そして
ちょっぴりヲタクが自慢。
私の知識の80パーセントは
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